炎のいけにえ
THE
VICTIM

aka:MACCHIE
SOLARI
AUTOPSY
FRISSONS D’HORREUR
TENSION!
1973〜74年/イタリア映画/100(125
?)分/
カラー/スコープサイズ
クローディオ・チネマット
S.P.A.
監督:アルマンド・クリスピーノ
製作:レオナルド・ペスカローロ
脚本:アルマンド・クリスピーノ
:ルチオ・バッティストラーダ
撮影:カルロ・カルリーニ A.I.C.
編集:ダニエレ・アラビーソ
美術:エリオ・バレッティ
音楽:エンニオ・モリコーネ
日本版サントラ:セブンシーズ・レコード
出演:ミムジー・ファーマー(シモーナ・サニ)
レイモンド・ラブロック(エド/エドガー・フィオリーン)
バリー・プリマス(ポール・レノックス牧師)
マッシモ・セラート(シモーナの父、ジャンニ・サニ)
アンジェラ・グッドウィン(ベティ・レノックス)
カルロ・カッタネーオ
ギャビー・ワーグナー
エルネスト・コリ(イヴォ)
レオナルド・セヴェリーニ
エレオノーラ・モラーナ
アントニオ・カッサーレ
ジャンニ・デ・ベネデット
マリア・ピア・アタナシーオ
ピエロ・アンキッシ
プピーノ・サモーナ
セルジョ・シンチェーリ
<物語>
オレンジ色の炎をあげて燃えさかる真夏の太陽−。
余りに強い日差しはしばしば人々の精神の歯車を狂わせ、
異常な行動に走らせる。映画の冒頭、何気ないスケッチのように
様々な人々が自殺に走っていく描写が続く。
カミソリで手首を切るノイローゼの女性、投身自殺を図る
老人、車の中でガソリンに火を付け焼身してしまう中年男。
幼い少女を寝室で射殺し、自らも胸にマシンガンを当てて
引き金を引き、蜂の巣になって息絶える男・・・。
ローマ市街のあちこちで繰り広げられる異常な光景は、
映画を子供の頃にTVで見た筆者のトラウマとなった。
解剖医を目指して病院で変死体を扱う
美しいインターン、シモーナ(ファーマー)は
最近、死体が起きあがって襲いかかってくる奇怪な
幻想に悩まされていた。日頃からノイローゼ気味の
彼女の神経は、ここ数日ローマを襲った灼熱の暑さによって
更に研ぎ澄まされ、異常な状態に陥っていた。
ある晩、シモーナが住むマンションの上の階から突然
若い娘ベティ・レノックス(グッドウィン)が、シモーナを
訪ねてくる。2人は暫く話し込み、ベティはシモーナに
どうしても打ち明けたい秘密があると告げる。
しかし電話で呼び出された彼女は、深夜に外出したまま
帰らず、翌日の早朝、海岸でピストル自殺を遂げた
無惨な変死体となっているのが発見された。
検死の結果、やはり彼女は自殺に間違いないと断定されるが、
かけつけた兄のレノックス牧師(プリマス)は、妹は絶対に
自殺をしていない、これは他殺だと言い張るのだった。
シモーナの恋人エドガー(ラブロック)は、レノックス牧師が
実は過去にレーサーをしており、レース中の事故で
12人の仲間の命を奪ってしまい、暫く精神病院に入っていた
狂人であるというのだが・・・。更に死んだベティは
シモーナの父ジャンニ(セラート)と愛人関係にあったらしい事実が
浮かび上がり、シモーナの神経はより攪乱されてしまう。
妹の自殺以後、シモーナの部屋を頻繁に訪れるようになった
レノックス牧師は、妹殺しの犯人がシモーナの父の仕業だと
喚き散らし、口から泡を吹いて発作を起こしてしまう。
恋人エドガーとのセックスにも燃えなくなったシモーナの周りで
奇妙な事件が続発し、夜中にジャンニの部屋を家捜しする
謎の人物が現れたり、マンションの守衛がトイレで殺されたりする。
レノックス牧師の話では、妹ベティは死の直前に、
愛人のジャンニを騙し続けるのが辛いのでローマを
去ることにした、と告げたという。シモーナは父親のジャンニが
雲隠れしたまま、どうして姿を現さないのか不審に思った。
ある日、バレルンガでカーレースに出場することになった
エドガーは、強引にシモーナとレノックス牧師を誘う。
レース中に事故を起こしたエドガーはレースを棄権するが、
シモーナは観衆の中に父ジャンニの姿を見て取った。
その夜、父親からシモーナに電話があり、近いうちに
ローマへ帰るつもりだと告げられる。
父親ジャンニは確かにローマに帰ってきた。しかし彼の
書斎で実弟のサナが捜し物をしているのを発見、
サナは自分がベティの手紙を探していたのだと弁明する。
ジャンニに宛てたその手紙には、ジャンニの妻に
なりたかったこと、自殺を仄めかす文章、そして
ジャンニの大切な書類を密かに盗んでしまったことを
わびる走り書きがしたためられていた。
ジャンニとサナは書類の事を巡って激しい口論となり、
ジャンニは窓から転落、全身不随の廃人になってしまった。
事件の鍵を探ろうと、シモーナはベティの変死体を
もう一度検査しようとするが、変質者の助手イヴォが
突然シモーナに襲いかかった。恐怖に我を忘れた
シモーナは、テーブルにあったフォークをつかみ取ると、
狂ったようにイヴォの体に何度も刃先を突き立てる!
すんでのところでそれを止めたのはエドガーだった。
シモーナは自分にも凶暴な一面があるのを知り、
背筋を冷たい物が走るのを感じた。
口も利けなくなってしまったジャンニから事件の
真相を聞き出そうと、刑事達は文字カードを使った
対話を試みる。質問に対してジャンニがようやく反応し、
<シモーナが・・・>と語り始めたところで意識を
失いそうになり、とっさに助手がカンフル剤を注射すると
ジャンニは首を垂れて死んでしまった。
誰かが毒を混入させていたのだ。事件を解く鍵は
また一つ消えてしまった。
レノックス牧師は新しい教会区へ追放され、
それでも謎を解こうと、ジャンニの弟サナを
つけ回す。一方シモーナはマンションに閉じこもって
生活していたが、悪夢や足音に悩まされ続け、
ノイローゼになっていく。そんな彼女を優しく助ける
エドガー。しかし実はそんなエドガーこそが
一連の事件の真犯人だったのだ。少年の頃から
道を外した生活を送っていた彼は、富豪の両親から
財産を譲らないと遺言状に記されてしまった。
父親はその遺言状を聖書に挟み込んだまま死亡、
その蔵書はまるまるジャンニに売られていたのだった。
遺書の内容を知ったジャンニはエドガーを脅迫、
エドガーはベティを使ってジャンニに接近、
遺書を盗み出させた後で、毒薬を注射し
海辺での偽装自殺を演出したのだった。
本性を現したエドガーは事件の真相を探ろうとする
シモーナとレノックス牧師を最後のいけにえに
しようと画策する。2人に麻薬を注射し、
全裸にして部屋のガス栓を開いた。
死体が発見されても2人が心中したかのように
見せかける手はずは万全だった。
しかし、レノックス医師は朦朧としながらも何とか
自力で水道栓を捻って部屋から水を溢れさせ、
外部に助けを求めることに成功、シモーナを助けて
広場で写真を撮るエドガーの元へ駆けつけてきた。
二人はエドガーが写真を撮っていた高台の足場で
もみ合いになり、誤って転落しそうになった
エドガーを、一旦はレノックス牧師が助けるが、
その手を掴み、あくまでも自分を道連れにしようとする
エドガーに、ついに牧師もその手を離した。
エドガーは一度建物の縁に激突してから
石畳の地面に激しく叩きつけられ、
シモーナの見ている前で絶命した・・・。
<解説>
「地獄の戦場・コマンドス」で知られていた
中堅監督アルマンド・クリスピーノが発表した
サイコ・スリラー風ジャーロ映画。
ノイローゼに陥って行く美しい女医役に
「4匹の蠅」(72)のミムジー・ファーマー。
元々は清純派として女優を始めながら、
キャリアに行き詰まり渡欧、69年の「モア」で演じた
麻薬中毒の女でイメチェンし、映画界にカンバック。
以来どこか精神の歪んだ女性役を得意とするように
なった。他の代表作は「コンコルド」(79)、
「ポケットの愛」(78)、「危険旅行」(74)、
「暗黒街のふたり」(74)、80年代に入っても
ドーソンの戦争映画や、フルチの「恐怖!黒猫(V)」(81)、
デオダートの「ブラディキャンプ:皆殺しの森(V)」(85)等に
顔を見せている。さすがにかつての美しさは
なくなったが・・・。1954年2月28日、シカゴ生まれ。
イタリア人の監督と結婚、娘がいる。
素顔もかなりエキセントリックな女性らしい。
それが垣間見えるのがイタリアン・ホラーや
ジャーロ・スリラーの製作者達を取り上げた研究本
「スパゲッティ・ナイトメアーズ」での
インタビュー。本作「炎のいけにえ」について
尋ねられたファーマーは、「正直な意見として
私はこの映画が好きだけれど、これが
70年代を代表するスリラー映画の1本かと
聞かれれば、それは違うと答えるわ」と返答。
監督のアルマンド・クリスピーノについても
「彼との仕事は非常に上手く行ったわ。
あの映画の脚本家ルチオ・バティストラーダは
友人のセラーミを通じて紹介されて以来、
ずっと友達だった人だったしね。
クリスピーノはとても親切な人で、
映画界が斜陽産業になってからは
凄く大変な生活を送ってきた人なのよ。
彼はあまりに親切なタイプで、楽天的な
考え方が出来る人ではないので、
本当なら、この種の映画の監督には向いて
いないんじゃないかしら?
彼は物事を慎重に考えるタイプだし、
皮肉屋でもないのよね。」と語っています。
監督のA・クリスピーノ本人は、ファーマーについて
「彼女とは非常に上手く仕事が出来たよ。
ミムジーとは彼女が初めてイタリアに来て以来、
ずっと親友なんだ。私達は何とか一緒に仕事が
出来ないだろうかと、チャンスを伺っていたんだが、
「炎のいけにえ」はまさに最適の企画だったね。」と
コメントしています。
優しい笑顔の下に凶悪な神経を隠した青年に扮するのは
当時、「ガラスの部屋」(70)等の青春物から
脱皮を図ろうとしていたレイモンド・ラブロック。
日本でブレイクしたのが70年の「火の森」だというが、
血みどろ魔女が出てくるこの映画、本当に当時の
女性客に受けたのだろうか?疑問だ・・・。
レンツィの「ガラスの旅」(72)や、74年のゾンビ物
「悪魔の墓場」はラブロックがダーティーな
イメージでイメチェンを図ろうとした作品なのだろうが、
意図に反して客が引いていった雰囲気。
この映画も手放しでラブロック・ファンに受ける
タイプの作品ではないだろう。
80年も後半に差し掛かかった頃、ラブロックはフルチの
「マーダロック(V)」(84)で怪しげな中年男に扮して
再び姿を現した。1950年6月10日ローマ生まれ。
この映画の撮影当時は26歳の若さだった。
監督のA・クリスピーノはラブロックのことを
「彼もミムジー・ファーマー同様、とてもスムーズに
仕事が出来た。彼は仕事に対して非常に勤勉で、
何事にもプロフェッショナルな姿勢で臨む俳優だ。」
と評しています。
レノックス牧師に扮するバリー・プリマスは
アメリカ人の俳優。色々な映画に出ているが、
このHPで紹介すべき作品は少ないようだ。
「ニューヨーク・ニューヨーク」に出ていたような?
シモーナの父親に扮したマッシモ・セラート、
変質者の助手役のエルネスト・コリは
イタリア映画の脇役として、多くの作品で
癖のある役柄を演じている俳優さん。
前半で殺されてしまうベティに扮した
アンジェラ・グッドウィンはお母さんの役が
多い女優さん。この映画では若い娘だったが、
レオノーラ・ファニと、ロニー・バレンテを起用して
禁じられた恋を描いた増村保造の「エデンの園」でも
バレンテの母親役を演じていた。
<スタッフ・製作について>
スタッフにはイマイチ馴染みの薄い面々が多い。
敢えて書くなら、音楽は御大エンニオ・モリコーネ。
オープニングにかかるうめき声をフィーチャーした
お馴染みのテーマ曲は、初めて画面とピッタリ
シンクロした印象に観客に与える最高の使われ方。
しかし、輸入サントラに入っているのは本編と全然違う
音楽らしい。一体どういうこと??
監督のクリスピーノは助監督や脚本家として
キャリアを始め、1966年に一人立ちし、
68年にはアルジェントが脚本を担当した
「地獄の戦場・コマンドス」を放っている。
1972年にイタリア映画界で初めてアメリカ資本を
導入したジャーロ「L'Etrusco
Uccide Ancora」を
監督、大ヒットに導いた。
74年に作られた本作「炎のいけにえ」は、
クリスピーノと脚本家のL・バッティストラーダが
ある新聞記事に注目したところから
企画が持ち上がった。その記事は「真夏の太陽が
発散する特殊な光線によって、夏の間の
自殺が急増している」というものだった。
2人はローマが夏の間、尋常でないほど強い日差しに
支配される事実と、この新聞記事にインスパイアされ、
死体置き場で働く美しい女医を主人公に、
スリラー映画にもってこいの物語を作り上げていった。
映画が作られた1974年の8月は、
クリスピーノが記憶する限り、うだるような
暑さが続く、灼熱地獄のような夏だったという。
結果的に「炎のいけにえ」は、同じジャーロ映画
だった前作「L'Etrusco
Uccide Ancora」ほどは
ヒットしなかった。その要因は若干混乱した脚本と
非常にアクの強い内容にあるかもしれない。
クリスピーノはそれについて「確かに物語の
ペースは早くなかったかもしれないね。
物語をもっと説明的にすることは出来たが、
映画を作りながら、そうしたアイデアは
どんどん捨てていってしまったんだ。
スリラー映画に於いては、ロジックよりも
暗示的な描写の方が大事だったりするからね。」
と語っている。
その言葉通り、この映画に登場する奇怪な幻想の
数々は相当強烈で、モルグに安置された
血まみれの死体が笑い出したり、
映画が始まってすぐ運び込まれてくる百貫デブの
オバさんが巨大な胸を揺って歩き回ったり、
黒人が金髪娘を暴行し、レイプ(もちろん両方死体)
したりと、見ている方の神経もおかしくなりそう。
更にシモーナの周りには研究課題として、やたら
死体がいっぱい登場する。写真で登場したり
(部屋が暑いのでシモーナが死体写真で
顔を扇ぐ場面もある!)、解剖中の
臓器やはらわたがところ狭しと置かれている
画面が登場したりとかなり病的。
この映画に登場する人物はみんな、
誰しも神経症を患っているような、
ノイローゼ症状であるかのような人物ばかりで、
誰にも感情移入できないのも凄い。
そうした人物配置と、例の猟奇描写が平行して
登場し、灼熱の屋外、ヒンヤリしたモルグの
空気感とも相俟って一種異常な緊張感を
醸し出している。ちょっとした傑作である。
現実の世界でも真夏に自殺や殺人が急増している
事を尋ねられたクリスピーノは、「そうした傾向は
世界的な物になりつつあるね。私達が撮影を行って
いる間にも、実際に浜辺で本当の殺人事件が起きた。
あるジャーナリストが、私のことを事件の予言者だ!なんて
書いていたが・・・この映画が脚本家としての私の
野心を満足させてくれた事は確かだね。
現実に殺人事件が急増するのは、何とも言いようがなく
残念なことだが・・・。実際に真夏の日差しは
孤独に苦しんでいる人々をイライラさせて、
精神のバランスを崩す事があるかもしれない、と
私も考えているんだよ。」とコメントしています。