<1950年代の映画> 


*イタリアで戦後初のホラー映画が生まれたのは50年代でした。
この時代を代表するのは史劇を中心に活躍していた
リカルド・フレーダで、彼の撮った
「吸血鬼」
画期的な作品でしたが、興行的には惨敗に終わりました。
この時代のイタリア映画はアメリカ映画を模倣し、
それらしく見せかけることに重点を置いていたので、
彼らの作品はいかにもイタリアン・ホラーというより、
イギリスやアメリカ製のホラー映画風の仕上がりになっていて、
実にあっさりした作風の作品が主流でした。

(年代をクリックすると主な映画を紹介したページに行けます)

 

 <1960年代の映画> 

*60年代にはいると、フレーダの元でキャメラマンをしていた
マリオ・バーヴァが監督としてデビューします。
この60年代全般はマリオ・バーヴァの全盛期であり、
美女の亡霊が夜な夜な広大な壮館をさまよい歩くような
ロマンティックな内容の<怪奇映画>が全盛でした。
バーヴァ以外にはアンソニー・ドーソン(アントニオ・マルゲリティ)、
マリオ・カイアーノらが活躍した時代でもあります。
60年代の末にはアルジェントが登場し、彼のスリラー映画が
大ヒットしたことで、続く10年間の主流を似たような内容の
猟奇犯罪映画<
ジャーロ>が占めることになります。

(年代をクリックすると主な映画を紹介したページに行けます)

 

 <1970年代の映画> 

ジャーロ映画が全盛。60年代から活躍を始めていた
ルチオ・フルチが残酷描写にその才能を見せ始めたのも
この時期からでした。アルジェントの作った映画は
軒並み大ヒットを飛ばし、似たような内容の映画が氾濫し始めます。
次第に大衆は刺激を求めるようになり、70年代の後半は
アルジェントの
「サスペリア」が大ヒットして、世界的に
オカルト映画の大ブームがやってきたことと相俟って
映画の殺人描写が飛躍的に残虐でリアルになった時代でもあります。

(年代をクリックすると主な映画を紹介したページに行けます)

 

 <1980年代の映画> 

*まさに世はスプラッター映画ブーム。アメリカで火がついた
<血みどろ残虐映画>のフィーバーに呼応するかのように、
それまで地味目なスリラーを撮っていた
ルチオ・フルチ
一気にハード・コア系のゴア映画を連打し始めた時期でした。
描写のエスカレートは限界を知らず、この頃の映画には
とても日本では上映できないような作品がゴロゴロあります。
またジョージ・ロメロの「ゾンビ」に触発された「サンゲリア」の
世界的大ヒットによって、<ユーロ・ゾンビ>がホラー市場を
侵略し始めたのも80年代の特徴です。

(年代をクリックすると主な映画を紹介したページに行けます)

 

 <1990年代の映画> 

*時代が下がって90年代・・・イタリアの娯楽映画産業は
新たに資本を持って参入してきた巨大TV局に押され、
ゴア描写やハードなスリラー映画は全くといって良いほど
姿を消してしまいました。このジャンルの新たなホープとして
ミケーレ・ソアヴィやランベルト・バーヴァが登場しましたが、
彼らの活躍は残念ながら今ひとつ盛り上がっていないようです。

(年代をクリックすると主な映画を紹介したページに行けます)

 



監督で見る

俳優で見る

トップに戻る