| <1950年代の映画> |
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「イ・ヴァンピーリ(吸血鬼)」(56〜57)物語は一人の若い女性が自室で入浴している場面から始まる。
そこに忍び込んだ黒手袋の人物が彼女を誘拐、その死体が
セーヌ川から引き上げられると、その体には全く血が残されていなかった。
続いてダンスホールの踊り子ノーラ(犠牲者はオリジナルではストリッパー
なのだが、英語版ではバレリーナに変更されている!)が犠牲者になった。
彼女は公演後、一人で楽屋に残って新聞を読んでいたところを襲われ、
姿を消してしまった。パリではこうした奇怪な事件ばかりが連続して
起こっており、新聞は興味本位に事件を吸血鬼の仕業と書き立て、
若い女性を中心にパリ市民達は恐怖におののいていた。
若くてハンサムな新聞記者のピエール(ミカエリス)は、事件を調査する為に
犠牲者が通っていたタイプ学校の女友達らに聞き込みを続けていた。
現場に落ちていた薬の空ビンに書かれた文字に目を付けた青年
ジョゼフは、医学博士ド・グランド(A・ベルベトレ)の病院が怪しいと睨み、
単身彼の研究所に乗り込むが逆に薬品を投与され仮死状態にされてしまう。
実は博士は(イタリアの検閲から圧力をかけられ本編からカットされたが)
ギロチンで断首された犯罪者(ミューラー)の首を、別の体に縫い合わせ
自分の助手として悪事に荷担させていた(良く見ると首に縫い跡が見えるはず)。
その晩、博士と助手は死体を墓場から盗みだし、研究所へ運び込んだ。
彼の血こそが博士の愛する上流階級の貴婦人マルガリータ(G・M・カナーレ)の
奇病を治す鍵だったのだ。現在は100歳以上になるマルガリータは、
博士の努力で他人の血を輸血してもらい永遠の若さを保っていた。
しかし彼女の目は、かつて自分の愛人だった父親の面影を宿した
ピエールに注がれていた。往年の美しさを取り戻したマルガリータは
孫のジゼル・ド・グランドを名乗ることで、博士から城で仮装パーティーを
開いても良いと許可を得た。彼女はかねてからご執心だったピエールを招き
甘い時間を過ごそうとするが、ピエールは彼女に興味を示さなかった。
そればかりか彼女の美しさに惚れ込んだピエールの同僚がパーティーがひけた後も
城に残りマルガリータに言い寄った為、興奮した彼女は老婆に戻ってしまい、
彼を射殺してしまう。更に博士がピエールに恋心を抱いた若い女性(グイダ)を
誘拐してしまったが為に計画が狂い始める。
彼女が戻らないのを不安に思ったピエールは深夜の城に乗り込み、
瀕死のジョゼフを発見、彼の口から信じられないような話を聞き出す。
奇怪な事件の背後に博士が暗躍していることを知った警察の一団は
城に乗り込む。彼等を出迎えたマルガリータの堂々たる態度に
一瞬彼等は圧倒されるが、彼女の許可を得て城の中を調査するうち
墓場と城をつなぐ秘密の通路が発見され、動揺したマルガリータは
一瞬にして再び醜い老婆へと戻り絶命してしまう。屋根裏に監禁されていた
若い女性は博士と助手に襲われるが、駆けつけた警察隊が銃撃戦の末、
博士と助手を射殺し、彼女を救い出す。こうしておぞましい一連の事件は
幕を下ろしたのだった。
●この映画以前にもM・バーヴァは1954年にロバート・Z・レオナードの
「The World's Most Beautiful Woman(La Donna Piu Bella del
Mondo/
aka:Beautiful But Dangerous)」で共同監督を務めている。
「吸血鬼」を撮影中のエピソードとして良く知られているのは、
元々病弱だったリカルド・フレーダが健康上の理由から
(プロデューサーとの仲が悪くなったという説が濃厚。
口論の二日後には早速監督を辞める!と言い出したらしい)
撮影スケジュールの2日分を残して監督を降板せざるを得なくなり、
フレーダとは近い位置にいたマリオ・バーヴァに急遽演出家としての
お鉢が回ってきて、バーヴァはその後、約2週間で映画を仕上げる
契約をし、その期間内で見事な作品を完成させた。
実質的にバーヴァが監督したのはどの部分なのか細かい指摘は
出来ないが、この映画にはバーヴァの手による素晴らしい
演出テクニックが散りばめられている。事件に怯える踊り子が、
メイク室に一人で残っていると、階段を大きな影だけが登っていき、
次に鏡に写る踊り子の背後に人影が現れ、一瞬光が
その人物の表情を照らし出した直後に彼女が襲われるショット、
懐中電灯の明かりだけを使って、人物の顔を浮かび上がらせる
印象的な演出、マッドな博士が勤務する病院のシーンも
やたらと色々な物の影が壁や部屋に落ちており、
異様なルックを醸し出している。また鏡に映った年老いた
自分の顔にショックを受けたマルガリータが鏡を拳銃で撃つ、
ちょっとドラマチックな場面もあった。
この作品で特筆すべき見どころになっているのは、40年代の
ビューティー・クイーンで、日本では「二世部隊」(51)や
フレーダの「テオドラ」(54)「カルタゴの女奴隷」「ヘラクレス」(共に57)
「剣闘士の反逆」(59)「アマゾンの女王」(60)「アドリアの女海賊」
「海賊島の秘密」(共に61)「フォンテンブローの決戦」
「闘将スパルタカス」「剣豪パルダヤンの逆襲」(63)等の日本
紹介作があり、リカルド・フレーダの夫人でもあった
ジャンナ・マリア・カナーレ扮する女吸血鬼がほぼカットを
割ることなく、また従来のオーバーラップ手法を用いずに、
ワンショットのうちに若い美女の姿から
醜い老婆の顔に変わっていくシーンである。
これは1932年の古典「ジキル博士とハイド氏」で、
フレデリック・マーチが見せた変身と同様に、
赤と緑のメイクを施された俳優に当てる照明の色を
変化させる事で、あたかも顔が変化したように見せる
テクニックを用いた特撮だった。
(勿論これは照明の色の変化が分からない黒白画面を
最大限に利用したテクニックだが、画面を見ると
その効果は素晴らしいの一言だ。)
全編を通してロケ地はあまり多くないが、朽ち果てた城や
怪しげな実験室など、物語の主な舞台となる場面のセット、
また陰影に富む照明や、流れるようなキャメラワーク等々
バーヴァのトレードマークとも呼ぶべき仕事ぶりがそこかしこに見られ、
彼の果たした貢献がいかに大きかったかが良く分かる。
「吸血鬼」でリカルド・フレーダのカラーが良く出ている部分を挙げるなら
全体的に犯罪モノっぽい雰囲気が漂っているところか。
またフレーダ映画お得意の不気味な葬式シーンが既にこの映画に
登場しており、この辺の要素は後の「ヒッチコック博士の恐ろしい秘密」や
「亡霊(未)」にも通じるタッチが感じられる。
(余談だが、この映画に比べるとバーヴァが製作を担当したという
間違い情報が流布していた「怪談生娘吸血魔」の方は
お世辞にもバーヴァっぽい雰囲気が出ているとは言えない。)
しかし作品の出来に反して「吸血鬼」は興行的には惨敗し、
フレーダはイタリア人の観客が国産のホラー映画を
歓迎していないのではないかと考えたという。
(この辺の事情は、今は亡き日本版ファンゴリアで、
荒井倫太朗氏からインタビューされた映画監督のルイジ・コッツィが
「イタリアでは1958年から62年まで、(内外問わずという意味だろう)
このジャンルの映画はお客が入らなくて、2日で打ち切りなんて
ことが良くあった」と語っている点からも伺える。
(ちょっと気になるのが<62年>という区切りについて。
「血塗られた墓標」等の影響が出てきた、という意味なのだろうか?)
この映画が後のイタリアン・ホラーに与えた影響−例えば
新聞記者やリポーターが連続殺人を追うというプロットは
60年に入ってすぐM・バーヴァが発表した「EVIL
EYES」や、
ダリオ・アルジェントの諸作でお馴染みのジャーロ映画に
再利用され、生き血によって若さを保つ内容は
生き血風呂に浸かった歴史上の人物エリザベート・バートリーを
モチーフにした恐怖映画群に、またマッド・ドクターの役柄は
数々の医療ホラーにも通じるキャラクターだったと言える。
リカルド・フレーダは1937年に脚本家、プロダクション・アシスタントとして
イタリア映画界入りを果たした。彼が監督デビューを果たしたのは
「Don Cesare di Bazan」(42)。「吸血鬼」を発表するまでは歴史ドラマを
中心に監督しており、その中には47年の「Les
Miserables」も含まれている。
フレーダはスーパーナチュラルな要素を描くのが好きではなく、それゆえ
ホラー映画のジャンルに対して特別な愛着を持ってはいなかったという。
フレーダが恐ろしいと感じていたのは、幽霊や怪物ではなく、普通の人間の
心の奥底に潜む邪悪な部分であり、「吸血鬼」がいわゆるドラキュラ映画に
なっていないのは、そこに負う部分が多いと言える。