小玉 明利(内野手 右投右打)

坂本文次郎の三塁手の併殺記録を破り、現在(2004/7/6)でもパリーグ記録を保持しているのが小玉明利です。

52番という大きな背番号でもわかるかもしれませんが、1953年にテスト入団しました。弱小のパールズ、しかもテスト入団の小玉明利が実働一年目に記録を作るのですからわからないものです。

小玉明利が在籍した当時(1954〜1967)のパールズ・バファローズは、1954の4位が最高であとはBクラスという弱小ぶりです。その弱小チームから、ベストナイン5回、オールスター出場9回を記録しているのですから、小玉の活躍は注目されたのでしょう。

また、1961年に、小玉がはなった二塁打42本は、山内和弘の47本に次ぐパリーグ2位(1961当時)でした。

ニックネーム等    
選定理由 三塁手併殺(’54〜) 44併殺