山田 伝(外野手 左投右打)

’39当時のブレーブスの山田伝は、山下好一、西村正夫とともに、好守の外野陣を形作りました。その中でも、山田伝は、ポケットキャッチを得意とした「ヘソ伝」の異名をとった好守走そろった名外野手です。そして、「外野が強いブレーブス」の伝統を作った選手の一人といえるでしょう。

’39に30盗塁で記録を作った山田伝ですが、翌年、石田政良の32盗塁に抜かれてしまいます。その3年後の’42に、坪内道則の44盗塁を更新する56盗塁を成功させ抜きかえします。この年は、戦前を代表する快足好打の外野手である呉昌征と山田伝が首位打者と盗塁王を激しく争ったシーズンになりました。その結果、呉が首位打者、山田が盗塁王を分け合う形になりました。呉の盗塁数も54で従来の記録を大きく塗り替えるものです。

戦前及び戦後まもない頃、多くの選手を輩出したハワイ出身の選手です。

盗塁王2回

ニックネーム等 ヘソ伝  
選定理由 リーグ最多盗塁(’39) 30盗塁
  リーグ最多盗塁(’43〜’47) 56盗塁