ファンタジーとその関連の棚 2

 

作者の名字のあいうえお順です 前頁へファンタジーの棚1

index Home Link 簡易サイトマップ 掲示板入口 日々の日記

最終更新日:2007.2.12


作者: 
デイヴィッド・アーモンドラルフ・イーザウディヴィッド・エディングス茅田砂胡ガイ・ゲイブリエル・ケイブランドン・サンダースンナンシー・スプリンガーロジャー・ゼラズニイジョイ・チャントピーター・ディキンスンJ・R・R・トールキンバリー・ヒューガートレイモンド・E・フィーストスーザン・プライスR・A・マカヴォイアン・マキャフリーマーセデス・ラッキーアーシュラ・K・ルグィンマイケル・スコット・ローハン
作品名:
肩胛骨は翼のなごりネシャン・サーガ1 ヨナタンと伝説の杖ネシャン・サーガ2 第7代裁き司の謎ベルガリアード物語マロリオン物語エレニア記タムル記デルフィニア戦記フィオナヴァール・タペストリエラントリス 鎖(とざ)された都の物語アイルの書シリーズ地獄に堕ちた者ディルヴィシュ・変幻の地のディルヴィシュ赤い月と黒の山アーサー王物語伝説 マーリンの夢指輪物語ビルボの別れの歌(指輪・おまけ)ホビットの冒険鳥姫伝霊玉伝リフトウォー・サーガサーペントウォー・サーガゴースト・ドラム黒龍とお茶をナズュレットの書シリーズだれも猫には気づかない、ヴァルデマール年代記(女王の矢女神の誓い裁きの門誓いのとき運命の剣宿命の囁き失われた一族2007.2.12・ゲド戦記 シリーズウインター・ワールド続巻情報第3巻のあらすじ追加開始2006.9

ジョイ・チャント(Joy Chant)

赤い月と黒の山(浅羽莢子訳、評論社)

原題は Red Moon and Black Mountain
この1冊で格調の高いケルト風のファンタジーが味わえる。作者は少女時代からこのヴァンダーライという世界を想像し、細部を練り上げてきたというだけあって、生活感や人物や馬の心と身体の動きにもリアリティがある。厳しく、美しく運命が織り成される。『指輪物語』、『ナルニア国物語』、『ヴァルデマール国年代記』、『闇の戦い』シリーズなどが好きな人ならおすすめ。一角獣や9年祭でなど『フィオナヴァール・タペルトリ』とかなり近いエピソードが使われているが、こちらは子供が運命を左右する。
現代のイギリス。オリヴァ(15歳くらい?)、ニコラス(10歳くらい?)、ペネロピー(女の子・7歳くらい?)の3人兄妹は、自転車で少し遠出をしたある日、不思議な少年の笛の音に誘われて異世界ヴァンダーライに引き込まれる。そこでは、力を増しつつある邪悪な仙術師フェンダールの軍に立ち向かおうと、半ば勝ち目のない戦を覚悟する人々の姿があった。
オリヴァは一人、精強な遊牧民、フルナイ族の領域に現われた。彼の目の色と服の色が神の恩寵を思わせる。オリヴァはそこで一万人に一人の戦士としての資質に開眼し(それとともにもとの世界や弟妹のことを忘れていく)、神馬デュルシャイの乗り手となる。
あとの二人は黒の山に。そこですぐれた仙術師でもある、ハラニ国の王女インセリンナの一行に出会う。彼らは闇の尖兵である黒い鷲達と白い鷲族(味方)の戦いを見守るために来たのだった。ニコラスは敵の襲来で袂を分かち、一人急を告げに王都を目指し、捕われたインセリンナとペネロピーはフェンダールの手先と対峙する…。
王女インセリンナの凛とした立居振舞いの美しさ、遊牧民達の厳しい掟、オリヴァの戦いと心模様が強い印象だが、ニコラスの感受性の強さとペネロピーの無邪気さが王女を癒すさまもきっちり描かれていると思う。三人の世界への向かい方がそれぞれ違っているのも面白い。
また、すべてのことには値がある、という思想が繰り返し登場する(ちなみに『フィオナヴァール・タペストリ』では女神の贈物は常に諸刃の剣だった。天馬の乗り手は代償に命を削られる)。血には血を、命には命を。例えば、荒々しい大地の魔法は代償に誰かの命や術者の正気を奪い、獲物を殺しすぎたフルナイの民は部族を追放される。この重さに直面できるのは一番年上のオリヴァのみだった。
大天使ミカエルやルシファーを思わせる神も登場するが、デュオニソスを少し連想する少年神イラナニの存在感が際立っている。踊り手と呼ばれるこの神は、生命と笑いの王であり、運命の稲妻を投げることもあるという。もっとこの世界を知りたいが、邦訳はされていないようで残念である。
なお、1980年版のあとがきによると、第2作、第3作の題名まで判明している。
第2作は The Grey Mane of Morning (暁の灰色のたてがみ)
第3作が The Story of the King's Emerald (王のエメラルド 当時執筆中?)
2001.7.4

ピーター・ディキンスン(Peter Dickinson)

アーサー王物語伝説 魔術師マーリンの夢
   (挿絵:Alan Lee 山本史郎訳、原書房)

原題はMerlin Dreams。挿絵はあの『指輪物語』で描いたアラン・リー。美しい〜(ほくほく)。それはいいのだが、訳がこの方なので少し引いていた(ちなみにこの方の訳された『ホビット』は怖くて未読)。でもあちこちで絶賛されていたのでようやく図書館で借りる気になった。
ここに出てくるマーリンというのは、アーサー王の伝説に登場する魔術師だ。非常に力のある魔術師(古今無双クラス)で、予言や魔法の力でアーサーを助け、成長を見守ったという。ところが、ニムエという娘に夢中になってしまった。彼女に魔法を教えて歓心を買おうとしたマーリンは、逆にニムエに岩の下に閉じ込められてしまう。彼の力ではもう出られない場所に…。
この本は上の話を下敷きにしてできたものだ。
マーリンが閉じ込められた岩の下で時々ゆめうつつの状態になる、そんなときに紡ぎ出された短い物語の数々…みたいな趣向なので、アーサー王伝説とは直接の関係はない。もちろん時代はそのころらしいが。いくつもの短い話は夢の切れ端という感じだ。ドラゴンや姿替えの魔法、不思議な人物にユニコーン、予言…ファンタジーの雰囲気はそろっている。美しい挿絵と雰囲気のある物語にひたりたい。ただし、壮大なファンタジーというのではなく、そこの世界に息づいている、わりと普通の人達の話。例えば、騎士といっても、強くもなければ高潔でもない、こずるくてへっぽこな人物がいたり、飲んだくれの王様が汚い格好で寝転がっていたりする。落ちのある話も多い。
楽しく読んでいたが、ひっかかったのが2つ。翻訳の世界は知る由もないが、どうもひらがなが多い気がすることと、「プレゼント」という言葉が登場した2箇所だ。
特に古風な言葉使いをしている場面で、騎士に助けられた人魚がお礼に魔法の巻貝を渡すところ(2番目の方)が悲しかった。せめて「贈物」とならなかったのだろうか?身分のあるものから渡すという意味合いが抜けてしまう気がするのだ。 2001.3.7
このお役人は気前のよい人ではなかったが、王さまがこの小さな農場にとくべつの関心をいだいていることを知っていたので、そんな王さまをよろこばせようと思い、召使に命じて、この少女にプレゼントをあたえさせた。(本文P190)
「それはゆゆしき知らせ。大急ぎで父上に告げなければ」
「お帰りになる前に、これをお持ちください。わたくしよりのプレゼントでございます。困ったときに口につけ、お吹きください。わたくしか、一族のものがお助けにまいります。今日あなたさまがお助けくださったように」(本文P76)

J.R.R.トールキン(J.R.R.Tolkien) ねたばれがあります

1.指輪物語(瀬田貞二訳、評論社)

The Lord of The Rings が原題です。

     1. 旅の仲間(上・下)  The Fellowship of the Ring
     2. 二つの塔(上・下)  The Two Towers
     3. 王の帰還(上・下)  The Return of the King

       三つの指輪は、空の下なるエルフの王に、
        七つの指輪は、岩の館のドワーフの君に、
       九つは、死すべき運命の人の子に、
        一つは暗き御座の冥王のため、
       影横たわるモルドールの国に。
        一つの指輪は、すべてを統べ、
        一つの指輪は、すべてを見つけ、
        一つの指輪は、すべてを捕えて、
        くらやみのなかにつなぎとめる。
       影横たわるモルドールの国に。(上記より)

この本に多かれ少なかれ影響を受けた人はものすごくたくさんいそうだ。プログラマーやミュージシャンでも、さりげなくガンダルフ(魔法使いの名)、ホビット(小人族)だのロスロリエン(エルフたちの住まう土地の一つ)なんて名前を自分の作品に滑り込ませていたりする。ケルトや北欧神話の影響もみられるようです。ガンダルフのモデルは一部オーディンかも知れない… 99.5.7少し追加

ブラインド・ガーディアン
前に知人が、Blind Guardian(ハード・ロックからヘヴィ・メタル方面のバンドです)のアルバムを聴いていたので、なにげに歌詞カードを見たら、あるじゃありませんか The Bard's Song という曲の中の第2部に Hobbit というのが。(アルバムは Somewhere Far Beyond です)。
他にもこのバンドは「ガンダルフズ・リバース(Gandalf's Rebirth?)」(アルバム:バタリアンズ・オブ・フィア)、Lord of the Rings(アルバム:Tokyo Tales)といった曲を出していて、サウロン、ナズグル、トーリン、ガンダルフと固有名詞も炸裂しています。(他にもタネローンなんてのがあって、のけぞりました。これはマイケル・ムアコックの世界です)ちなみに、Narniaなんてバンドもありますね。Helloween の Master Of The Rings は、タイトルではっとしますが関係なさそうです。
ホビット、エルフは、RPGをやったことのある人にはおなじみの属性ですが、この設定はこの物語から。以来、さまざまなファンタジーは、「指輪物語」と比較対照されることになったのですね。新訳の方をまだ全部買ってないので古い方での表記をしています。

ともあれ、あらすじいきます。

この本では、はじめのところで挫折する人が多いと聞きます。地理学の解説みたいなのまであるし、いやになる気持はわかります。でも、ここに出てくる小さい人たち:ホビットの暮らしは一昔前くらいの日本人を思わせる…と りあんは思いました。そう思うとかなり彼らが身近に感じられて物語に入りやすくなったのを覚えています。
前置きはともかく…
中つ国というこの世界には、エルフ(妖精)、魔法使い、ドワーフ(小人)、ホビット(小人)、人間、その他にもいろいろな種族が住んでいた。昔、エルフやドワーフが魔法の力と匠の技を使って、3つと7つ、9つの魔力のある指輪を作った。ところが、サウロンという者が彼らをだまし、それを支配できる邪悪な指輪「一つの指輪」を作らせてしまった。「一つの指輪」はサウロンがいったん倒され、その後行方不明になっていたが、ホビットのビルボが偶然手に入れる。
このころの話は「ホビットの冒険」(邦訳:瀬田貞三、岩波少年文庫、上下巻)を読んでください。まずそちらを読んでから、『指輪物語』に入るのがおすすめです。
指輪をはめると人から姿が見えなくなるので、ビルボは嫌なお客が来た時などにそっとはめていた。それが、とんでもない指輪であることなど知らずに。
物語はビルボが旅に出る時、甥のフロドにこの指輪を渡すところから始まる。サウロンは一つの指輪がホビットの村にあることを探知し、指輪の幽鬼を送り込む。フロドは魔法使いガンダルフの助言に従い、指輪を持って旅に出る。だが、行方不明になっていたガンダルフは、戻ってまもなく、モリア坑道で怪物バルログと戦い共に下へ落ちていった・・・
この指輪は絶大な魔力を持っている。しかも、以前に作られた魔力ある指輪をも支配し、それにかかわる者をも支配できる。指輪の本性は邪悪なために、所持したものは、必ず悪い影響を受ける。そんなサウロンの指輪に支配され、やがては幽鬼と化してしまったのがナズグル、もとは9つの指輪の持ち主達だった。そんな指輪をどうすればいいのか?サウロンを倒すために道具として使おうと言う意見も出るが、結局、なくしてしまうのが一番ということになる。だが、普通の火ではだめで、サウロンの本拠近くの滅びの山の火口に投げ入れなければ、溶かすことができない。その役目を果たすことになったのは、指輪の持ち手フロドだった。従者サムと何人かの仲間達と共にフロドは滅びの山を目指し、各国の君主達は連合してサウロンに戦いを挑み、陽動作戦をとるのだったが、ホビットの二人は他のメンバーと離れ離れになってしまう・・・
この作品が第2次世界大戦の頃に書かれたということで、当時の影響が指摘されている。指輪=核兵器という見方さえできるかもしれない(作者はあとがきで強く否定している)。作者いわく、現実の世界が影響するなら、指輪はホビットから押収され、対サウロンの兵器として使われるだろう。サウロンの本拠地は壊されることなく接収され、軍事基地となる。サルーマンは今までの知識を駆使して、もう1つの指輪を作るかもしれない。そしてきりのない戦いが続き、ホビットは貶められ、早晩滅びるだろうと。だから、指輪の力に魅せられ、故国を救いたいという純粋な心が変質していくボロミアを責めるのはむずかしい。指輪と言うのは力の象徴であり、それをどう使うか、どうその本性を見きわめるかということが、この世界とは別の世界で試される。
この物語で特筆すべきは何といっても、世界がきっちりと設定されていることだろう。この世の始まりや神々の歴史、神話、言語学的背景に至るまでが一つの世界として成り立っている(そしてRPGに多大な影響を与えている)。ほとんど矛盾がでてこない。よくTVや本ですじに破綻があるのをみるにつけ、一つの世界をきっちり作ることの難しさを思う。「シルマリルの物語」というこの世界の神話というか歴史を書いた本まである(そういえば、イギリスのバンド、マリリオンは前に使っていたバンド名がシルマリリオンだった)。この本を読むと、サウロンやガンダルフ達の現れた背景がよく理解できる。
心病めるエオウィンも好きだったけれど、特に印象に残ったことがいくつかある。まずはホビットの底力とラストのあたり。
ホビット達は普段は近所のゴシップやお茶会に贈り物のまわしっこなどに明け暮れて、一日にごちそうをできれば2回食べたいなんていっている、ごく普通の人達(人じゃないけど)だった。でも、サウロンの手下達が故郷を荒らし始めると、いちばんでぶちゃんで臆病なホビットでも勇敢に立ち向かっていく。普通なだけにごまかしが効かない、まっとうな神経を持っていたのかもしれない。平和ボケしているようにみえて、不思議に芯の強さを失っていないのだ。ホビットの描写(前半)を見ていて、何となく日本人のようだと思ったが、後半のように底力をみせられるのかなあ。それが一つ。
フロドは(そしてガンダルフも)、指輪にとらわれて、どうしようもない邪な生き物に成り下がってしまったゴクリ(元ホビット)を殺すことができなかったが、結果としてそのゴクリが大事な役目を果たす。それが二つめ。
それから、読んでいて気がついたのだが、ここに出てくる、英雄と呼べる人達がいずれも迷い、過ちを犯しうるということ。アラゴルンや、ボロミアも、ガンダルフさえも時に過ちを犯す。等身大の人間(じゃないのもいるが)を感じるのだ。サルーマンや蛇の舌にも人間らしさがある。こちらは哀れではあるけれど。
そして、ラストの方。指輪の重荷に耐え、ようやく使命を果たしたフロドは、一番の功労者であるはずだが、彼は指輪の後遺症に苦しみ、だんだんと世間から離脱して行く。誰かが代償を払わなければならないのだ。このことが一番心に残る。指輪の滅びと共に一つの時代が終わり、前の時代を象徴する種族、すなわち、エルフや魔法使いは、中つ国を去っていく。彼らと共に、フロドも、そしてビルボも船出していく。やがては、少しの間だけだったが、指輪を持っていたサムにもその番がくるだろうけど。でも、それはまだ先のこと。フロド達と別れて万感の思いを抱きながら、家に帰るサム。そこにはかわいい奥さんと子ども達が待っている。「今、帰っただよ。」これ以上はない終わり方だ。 99.4.15
2002年春、ピーター・ジャクソン監督により、今度こそ完全に三部作として映画化された(前回のラルフ・バクシ監督のアニメ版は途中までしかできなかった)。いちおう見てきた感想(2002.3現在 第1部 旅の仲間)はこちらに。ここの感想もそのうち書き直す予定です。

指輪物語 おまけ  

2.ビルボの別れの歌 (ポーリン・ベインズ絵、脇明子訳、岩波書店)


この本を一言でいえば、訳者の紹介文にある、「楽園へ引っ越していったトールキン自身からの、心のこもった最後のあいさつ」でしょう。
ビルボが西へ旅立つ直前に書いた詩という形でトールキンが書き残してあったものを絵本化したもの。トールキン生誕100周年記念の出版(1991年刊行)だそうだ。
構成は、下四分の一に「ホビットの冒険」の場面が、右頁には裂け谷を出たビルボ達一行が灰色港へ、さらに西の海へ向かう旅程が描かれる。左側の頁には、思い出に浸るビルボのさまざまな表情が詩と共にある。
どこかで見たことのある絵だと思ったら、ナルニア国物語の挿絵の人だった。ビルボが思い出に浸って微笑んでいたり、馬上でうつらうつらしている様などがかわいらしく、ガラドリエルも白のガンダルフも貴人(人ではないが)の感じが出ている。ベインズ氏はトールキンとは長いつきあいだったらしく、絵の中にも折に触れてトールキン自身から聞いたことがいろいろと描きこまれているそうだ。

原題は Bilbo's Last Song 、挿絵の方のつづりは  Pauline Baynes です。 99.5.9


3.ホビットの冒険(瀬田貞二訳、岩波少年文庫 上・下)


順番が前後してしまったが、指輪物語の前身というか、数十年前にあたるできごとの話だ。子供用に書かれた冒険物語なので、指輪物語よりもずっと親しみやすいかもしれない。
山に掘った居心地いい自分の巣穴でのんびりと生活を楽しんで、ごちそうを1日にできれば2度食べたいホビット族。そんな気のいい、ホビットの一人ビルボ・バギンズは、ひょんなことから、大冒険に駆り出されることになる。
危険な山や森の彼方、はなれ山に住んでいたドワーフ小人たちは、宝物を狙ってきたスマウグという竜に追い出された。大切な宝物をとりかえすために、計画を練っていたのだが、魔法使いのガンダルフが、冒険にぴったりのホビットがいるといって、勝手にビルボを紹介したのだ。かくして、ビルボは行きがかり上というか、つい売り言葉に買い言葉で、冒険に参加してしまう。実は彼には、分別くさいホビットには珍しく、冒険好きの血が流れていた。
最初は弱音ばかり吐いてひんしゅくをかっていたビルボは、冒険の途中で、はめると姿が見えなくなる魔法の指輪を手に入れて、幾多の危機をのりこえる。そして、運の良さと冷静さを発揮して仲間を助けるほどに成長して行く。
しかし、ビルボの一番の特質は、良識と正義感だ。ドワーフとエルフ・湖の町の人々との争いを防ごうと、仲間に罵倒されるのを覚悟で、自分の報酬用にとっておいたドワーフの宝玉を差し出すのだった…。普通の人なのに、その普通であることが強いんだね。弱くても、必死に守るべきところは守ろうとするのも印象が深い。
近年、別の方が「ホビット」の題(原題に近い)で訳を出された。かなり、原書にそっていると訳者は言われているようだが、(賛)否両論あるらしい。たとえば、中に出てくる不気味な生き物ゴクリの一人称など。(未読)
最後の訳者のあとがきも格調の高いすてきな文章なので味わってほしい。99.6.17

バリー・ヒューガート(Barry Hughart)

鳥姫伝(和爾桃子訳、ハヤカワFT文庫)

ちょうきでん、と読ませる。鳥の王さまの娘に当たる、女神さま…と考えていい。原題は Bridge of Birds 全3巻の第1巻目。
中国もののファンタジーである。しかし、作者はアメリカ人。民間信仰の神様などにかなり興味を持っている方のようだ。設定が少し違うが、けっこう中国の雰囲気は出てるし(主人公の語りでたまに現代的な言葉が出てくるのは原語も?)、この本の副題には「かつて決してこのようではなかった古代中国」…と銘打たれているからパラレルワールドとして楽しもう。
舞台は唐の頃。国際色豊かな時代といえるだろう。だからいろんなものがあり、にできる。しかし、今回の物語の設定で大きく違うのが秦の存在だ。あの始皇帝からいまだに続いているのだ。一時は民にそむかれ滅亡の間際までいったのに、精鋭の軍隊をたてに迷宮にたてこもり、唐の内部に国家内国家を作っている。この迷宮…で思わずワードナ様を思い出したのは自分だけではあるまい(笑)。
物語は、そんな中国のいなかにある、ちっちゃな庫福(クーフー)村からはじまる。
突然、8〜12歳の子供達だけが苦しみ出して倒れた。疫病か?なかなかの力持ちで純朴な青年 十牛くんは、銭5000枚を託されて、大きな街へ賢者を探しに行く。そこで出会った酒浸りの老人、李高(リーカオ)は酒飲みたさにその金を取り、依頼を引き受けたが、実は彼は非常な切れ者。78年前だが科挙も首席(状元、という)で通り、皇帝にもお目通りがかなったほどの人物で博覧強記。しかしひねてて物好きで変人なのが本人言うところの「玉にきず」。村に行った李高は、原因がチベット産の猛毒にあることを察知し、解毒剤とそれのありそうな場所をつきとめるが…。
村の子供のけんけん遊びから始まって、李高(と十牛)の二人が中国と天界を股にかけた謎解きと冒険を繰り広げる。飄々とした李高がリーダーシップを取り、笑いあり、しんみりとした涙ありのストーリーだ。李高の奇想天外な作戦や、ところどころに出現する質屋の方(ファン)とうじ虫馬(マー)がおかしいし(この二人は後になるほど笑える)、けちんぼ沈(シェン)や侯(ホウ)恐妻の描かれ方がいい。特に沈が意外。
(個人的な連想だが。方と馬には、エレニア記(デヴィッド・エディングス)に出てくるソーギ船長を思い出した。)
 うおおお  うおおお   うおおお
「哀号!  哀号!  哀号!」と号泣する(嘘泣きだが)シーンがあちこちにあるのだが、これが全部芝居がかっていて笑える。でも、こういうのがあるからまた、迷宮探索行が生きてくるのかも。死を覚悟して、お互いに生まれ変わったら何になると言い合うところ、そして別れをいうところが。「さらば、みつゆびなまけもの」を原文で見たい気がする。さらばはFarewellだろうか? 2002.4.1


霊玉伝(同上)

李高と十牛の冒険はまだ続く。

退屈しきっていた李高先生のところにまたまた事件が。それもとびっきりの事件の予感が…。目の前で薬物中毒を起こしている美貌の才媛、数百年前に死んだはずの残虐な暴君の「復活」と村を襲う連続殺人事件、司馬遷のあからさまな「偽書」…。これがどうつながっていくのか。「(知識と)はったりは中国を救う」とばかりに李高老師が強引に謎をなぎ倒していくのを見るのは痛快だ。文字通りのジェットコースターアクション付きで、最後は美しい大団円。
例によって「かつてどこにもなかった中国」なので、「そういえば中国」な用語が沢山でてくるが、少し知ってる人にはおいおい…といいたくなるほど時代が違っていたりする。前巻ではかなりの部分がわりとマニアックなところで遊んでいたが、今回は、もうわかったねといわんばかりにメジャーな用語を豪快に使っている。つっこんでくれといわんばかりである。献辞にも「中国研究者の聖なる絆に捧ぐ」とあるくらいだから、作者がそれを期待しているのは明らかだろう。時代は唐のはじめ頃に相当するのにどうして宋とか明とか元とか全然違う時代のものが…『紅楼夢』(清!)、蘇東坡、李白(唐だけどもっと後の人)、モンケ汗、潘金蓮(『金瓶梅』のヒロイン)、岳飛、魯班の謎書(ル-パンとルビがあるが、もしかしてアルセーヌ・ルパン?)などなど。そしてもう一つのコンセプト「中国だから何でもあり」で、今回は何とエジプトの文物まで登場する。カノポス壷やアヌビス、オシリス神の名前が出てきたのにはびっくり(中華アレンジあり)。それよりも李高、ヒエログリフが読めるんかい(これがヒエラティックだったら神かも)。
そして最後に「李高のやることなので何でもあり」が加わる。何と今回は地獄まで行ってしまうのだ。そこで十牛くんの前世がわかるのだが、笑ってしまった。なるほど、だからあの純朴さと強壮さがあるのかと。
未読ではあるが、この作品は『紅楼夢』をモチーフにしている。ある程度の知識がある人にはかなりのねたばれが入っているが、それでもあの花の来歴とか、いろいろとアレンジが施されているのでご安心を。作中でも李高は少年達に向かって、おまえさんたちは『紅楼夢』の最初の2章以降を読んでいないだろう…と指摘するせりふさえ出てくるのがおかしい。
たとえば、紅楼夢の主人公の宝玉くんに相当しそうなのが、月童という、これまた楽器に秀でた絶世の美少年なのだが、こっちは美少女ではなくて男が好きなのだ。しかも基本的に「攻」らしい。生まれ故郷に帰ってみれば、「男たちを隠せ、やぎもろばも隠せ!」と叫ばれ、村中がパニックになるほどのすさまじさで、ひと月だって男断ちができないほど。それから、前作もそうだったが、とてもお上品とはいいがたい話題もいっぱいなところも対称的かも。むしろ、趙国の主父の王宮の方が宝玉さんちの雰囲気を出している。ただし、主父を囲む美少女たちは全員が戦士。
読んでいると二人の雰囲気が何となくホームズとワトソンに似ていることに気づかないだろうか。まずは一連の作品がミステリー仕立てであること。そして、いきなり飛躍したようにみえて、後でちゃんとつながる李高の推理、ちょっと鈍い性格の純朴な十牛(しかも彼は記録係でもある)の取り合わせである。あとがきをみたら、やはり作者は影響を受けているそうだ。李高には「天界の諮問探偵」という称号を進呈したい。そして彼らは次の謎を待ちながら、また猥雑な下界に帰っていくのだ。 2003.4.6

レイモンド・E・フィースト(Raymond E. Feist)

リフトウォー・サーガ シリーズ (岩原明子訳、ハヤカワ文庫)


主にミドケミアという世界でくりひろげられる預言と戦いのお話のシリーズその1。ちなみにリフトというのは、裂け目と訳される。この裂け目状をした異世界との接触面を通って、他の世界から生物が逃げて来たり、攻め込んできたりするのだ。

1. 魔術師の帝国(上下)
ミドケミアではじまる物語。おさななじみのトマスは兵士となったけれど孤児のパグは徒弟としての引き取り手がなかった。町を出なければならなくなるところを、魔法使いクルガンの弟子として拾われる。しかし、パグにはすぐれた魔法の才能があった。
その頃、王国に次元の裂け目を通って、ツラニという別世界の国の兵が攻めてきつつあった。国王の軍に同行したパグは、ツラニ軍にとらわれ、ツラニで奴隷となる。しかし、ツラニの魔法使いにその才能を見ぬかれて魔法使いとしての修行をはじめる。
パグが少しずつ成長していくところがかわいくていい。まだ、この世界を手探りで生き始めた新鮮さがある。
2. シルバーソーン(上下)

王子アルサとアニタの結婚式で、何者かがアルサを狙って毒矢を放った。ところが、当たったのはアニタ。魔法を使って、何とかアニタの時間を遅くして死を延ばすことはできた。そこでアルサたちは、解毒の方法を求めて旅に出るが、いたるところで待ち伏せにあう。
この事件の陰には、モレデールの指導者マーマンダマスの名をかたるパンタシアの蛇人間がからんでいた。予言によると、西部の支配者が蛇人間たちの行く手をはばむという。その「西部の支配者」こそがアルサだった(でもそれにしては存在感が薄く感じるのは気のせいか)。
少年盗賊ジミー・ザ・ハンドの登場。機知と行動力・観察力にすぐれた少年だ。ありがちという人物なのだろう。エディングスのタレンと時々混同してしまうので困っている。どちらもかなり書きこまれていて、いいキャラクターなのだが。
3. セサノンの暗黒(上下)
前巻で、時間稼ぎはできたものの、マーマンダマスは再び動き出した。アルサたちと、ダークパスブラザーズを率いたマーマンダマスの軍との戦いが始まる。執拗に血を流させるマーマンダマスの狙いは何か。パグとトマスは次元を旅してアアルの預言者を探し出す。
ここでこの物語で何が問題になっているのかかが判明する。そして後のシリーズもそれをめぐって展開する。
4. 王国を継ぐもの
アルサの双子の王子エアランドとボリクの物語。ケッシュの女帝の誕生祝に公式使節として旅立つが、ボリクは襲撃されて行方不明となる。一人ケッシュに赴くエアランドにも陰謀が迫っていた。ボリクはそれを知り、身をやつしてケッシュへのりこむのだった。作者の東洋に対する偏見(笑)が見られる。どうもエジプト・中国などを多少イメージしているようだが、女性のうすものといい…(^^;)
新しいメンバー:傭兵のグーダや奇妙な魔法使い(本人は否定するが)ナコールが登場する。もしかしたらナコールのためのお話かも?
それにしても2人の王子のわがまま放題。アルサとアニタは完全に教育を誤ったな。この冒険でしっかりした子たちになるのだが。
そうです。ここで3巻から約20年たっているわけです。
5. 国王の海賊(上下)
アルサにはもう一人息子がいた。3男のニコラスだ。足が悪く、気も弱いのを兄達にいつもからかわれていた。アルサももう少し鍛える必要があると思い、ナコールのすすめもあり、クライディーに行かせるのだった。大きな事件が始まるとは知らずに。
ある日クライディーをなぞの一団が襲撃し、多くの貴族の子弟が拉致される。その中にはマーティンの娘マーガレット姫も含まれていた。ニコラスは彼らを救出するべく、エイモス船長と魔法使いアンソニー、ナコールたちと船出するのだった。この事件には大きな陰謀が隠されている。
またさらに数年たっているはずだろう。ナコールの存在がかなり重くなっている。ひょうひょうとしていて個人的にもこの人は好きだ。トマスの子供ケイリスも活躍を始める。彼は長命なのでこの先も活躍できるのだが、ちょっと影が薄い感じ。
帝国の娘(上下)
外伝です。作者も、ジャニー・ワーツとの共作。ツラニ貴族の娘が親をなくし、後ろ盾を失った今、いかにして生き残るか権謀術数の限りを尽くす。この続編も2冊出ていますが未訳。 99.4.13

 続巻情報

これの続編は未訳ですが、Serpentwar Saga (サーペントウォー・サーガ、というんでしょう。蛇人間戦争ということですね)というシリーズが出ています。いよいよパンタシアの蛇人間たちとの死闘が始まります。といっても、実際に接触が多くなるのは2巻ころからですが。

     vol.1 Shadow of a Dark Queen 
     vol.2 Rise of a Merchant Prince
     vol.3 Rise of a Demon King
     vol.4 The Shards of Broken Crown (以上Avon Books)

この4巻はAmazonでの読者投稿を見た限りでですが、何だか評判がいまいちですね。特にラストが性急にすぎるということと、誤植なのか、A地点にいるはずのBさんが、なぜかC地点にいる話になっているとかいったミスが目立つとか。そのあとにさらにシリーズが続いて、補ってくれるならいいのですが。
あとは、外伝でしょうか、Riftwar Legacy というシリーズ名で、Krondor, the Betrayal というのが発売されています。ガミナ(パグの養女)が誘拐されるというストーリーのようですが。向こうで発売されているゲーム(パソコン用)を元にしたものとか。(未読)
さらに、著名シリーズの新しい短編がいくつかまとまって1冊の本として発売された。ハヤカワFTで『伝説は永遠に』というタイトルとなった。この中に1品、短編が収録されている。完全に外伝。
このシリーズの困ったところは、最初の3巻までは大体時代が連続しているのだが、後半の2巻は1作毎に30年近くたってしまうことだ!サーペントウォー・サーガの方は、この話自体は連続しているのだが、それでも国王の海賊から20年か30年経っているのだ!思い入れのある登場人物たちが次々と、いきなりおじいさん・おばあさんになって出てくるのは相当こたえる・・・(いきなり死ぬ人もいるけど)。あの少年盗賊ジミーが、おじいさんだなんて、あんまりだ・・・。そんなに年をとらないのは、パグとか魔法関係者だけ。キャラクターを惜しげもなく使い捨て状態か。歴史の流れを書いているわけだから仕方がないけれど。
エディングスの作品と違って、主な登場人物を何人か設定してあり、その人たちを章ごとに、取り上げてストーリーを進めていく感じです。兵隊さんの日常が結構出てきてリアルな感じです。もう1つの違いは、エディングスが主要人物を温存する傾向にあるのと違い、必ず重要度の高そうな人を1人は殺すということか。
Avonのペーパーバックの表紙(表紙が2段構えという感じで2ページ目ということになるが)は何とかして欲しい・・・と思うのは私だけ?のりで貼り付けて二度と見えないようにしたい・・・エリックくん(主要人物の一人)がにやけすぎ。 99.9.16(一部追加)

スーザン・プライス(Susan Price)

ゴースト・ドラム 《北の魔法の物語》 (金原瑞人訳、福武書店)

原題は The Ghost Drum 。

子供向けの本ではある。だが、メルヘンのような語り口で、たぶんめでたしめでたしでありながら、大人が読んでもちょうどいいくらいの痛烈な皮肉。慈愛の深い「母親」たちと心優しい「娘」と対称的に、「慈悲ぶかく我等の父親」とあがめられる無慈悲な皇帝、うそつきで残忍な妹王女、日和見する廷臣と奴隷あがりで明日もない兵士や女達が、北の寒い国の物語をいろどる。
世界で一番ものしりな猫の語る話として、猫はこう語る…というような冒頭で毎章が始まる。
冷たい冬が1年の半分を占めるようなある国の話。無慈悲な皇帝ギドンに皇子が生まれるが、妹王女マーガレッタは皇子が偉大な人物に成長し、やがて父を倒そうとするだろうと「予言」した。王女は自分が皇帝になりたかったので嘘っぱちな予言を言ったのだが、皇帝は自分が密かに恐れていたことをいわれたために真実だと思い込む。ただ、皇子を殺さず、狭い丸天井の部屋に一生閉じ込めることを命じた。奴隷あがりの王妃ファリーダは皇子を産んで間もなく亡くなり、乳母として皇子サファの面倒を見るのは同じく奴隷あがりで王妃につきそっていたマライアン。大きくなるにつれ、外に出たいと暴れるサファに手を焼くマライアンだったが、字も礼儀も知らないこの子を何とかしようと皇帝に直訴して処刑された。孤独な皇子の心の叫びは若き女魔法使いチンギスの耳に達した。チンギスは宮殿におもむき、皇子を救出し、自分の弟子にする…。
チンギスは奴隷の子として産まれたが、非凡な才能を秘めていたので、あとつぎの娘をさがしていた魔法使いの老婆にひきとられる。その後いろいろと大変な修行をしてすぐれた魔法使いとなった。ただ、それに嫉妬していたのが同業者の魔法使いクズマ(男)。彼女を妨害しようと考えるようになった(男の嫉妬はこわい?)。彼はいつも白熊の毛皮をまとっているのが、さすが北国。ここで彼ら魔法使いの住む家というのが面白い。燃料をたえずくべておくのが大事というのが北の国らしいし、どこでも行けるように家にアヒルとか熊の脚がついているのだ。ちなみにチンギス「母子」の家にはニワトリの脚がついていて、高速で歩き回ったり(ひとりで散歩もする!)、脚をかがめて入れるようにしたりとなかなか高度なことをする。呪文で周りの人には誰も見えず、見えても許可した者しか中に入れない。
魔法の修行についての話もいい。まずは基本的な薬草などの知識。死の世界のことなどを覚える。それがすんだら3つの魔法を覚える。
まず第一が言葉の魔法。これの例がこわい。おろかな戦いに民を駆りたてる皇帝がどうやって人民をその気にさせてしまうか、なのだ。おまえたちは気高いとか、この戦いでわが国の民が勇敢ですぐれていることが証明された…などと繰り返すことで魔法が働くという。次が文字の魔法。普通の文字を覚える他に、老婆はゴースト・ドラムという不思議な文字の書かれた太鼓を取り出した。このうえに小動物の頭蓋骨を置き、太鼓を叩いて、その動きを追うことでさまざまなことを知ることができるという。問いを発して太鼓を叩くと答えを読み取ることができるのだ。最後に教えた、一番強力で偉大な魔法というのが音楽。この序列と考え方もなかなかすごいなと思ってしまう。すぐれた音楽に魔法使いが言葉をのせれば、すべての人を意のままにできるというのだ。
話は、サファが逃げたことを知って行方を探すマーガレッタとクズマが手を組み、けっこうシリアスに展開する。でもスパイスがきいていてどこかユーモアがあるので、読んでいて救いがない話ではない。脚付きの家も気に入ったが、はじめて外界にふれたサファとそれを見守るチンギスの様子がすごくいい。短くて(213P)一気に読み終わってしまう。 2001.8.2

R・A・マカヴォイ(R.A.MacAvoy)

1. 黒龍とお茶を(訳者:黒丸尚、ハヤカワ文庫)

毎回独特の境地を書いている作家だ。この本もファンタジーといっていいのだが、どこにも超自然的なものが出てこないし、現代のアメリカの時代設定。しかもコンピューター犯罪が出てくるミステリータッチも。こう書くと、???なのだが、一言でいえば、心が暖かくなる愛らしい物語。あれ、余計???
主人公?マーサ・マクナマラは、初老の女性で音楽家。自由で明るい気性の持ち主。普通の音楽家と違って貧乏暮らしで、何だかあやしげな人達が彼女のもとに出入りしている。どうも、彼女といると気持ちが明るくなったり、啓示を受けたり、救われたりするので続々と集まってくるらしい。一度は母に反発して出ていった娘リズが、助けを求めてきたあと行方不明になったことを知り、マーサは、娘の行方を探そうとするが手がかりがつかめない。
そんなおり、マーサはホテルに常宿していた、いっぷう変わった初老の男メイランド・ロングと出会い、意気投合する。ロング氏はスーツも似合うダンディな紳士。そして言語のエキスパート。(彼の言うには)実は何千歳も年を経た中国の龍の化身だという。人に興味を持ち、詩や本などを集めて言葉も研究してみるが、どうも真実がつかめない。昔東洋の国にいた時、師匠に予言される。彼は西で真の師匠に会えて、すべてをなくすが、真実を得ることはできる、と。気がつけば、龍の身体と神通力を失い、人間になっていた。そこで、ここアメリカにきて師との出会いを待っていたのだという(龍だというからには宝物はつきもの。だからお金には困っていないのだろう)。
マーサにひかれたロングは、リズの専門のコンピュータの知識を短時間で集中して身につけると、探索を開始する。やがて、リズが犯罪に巻き込まれていることがわかる・・・。
飄々としていてどこか神秘的なロングには、マーサやリズの同級生フレッドでなくても魅力を感じる。彼の求めていた人間の真実というのは、言葉やうわっつらや作られた物ではなくて、今限りある命を生きている姿そのものだった。ロングのマーサの評がおもしろい。「耳を傾けることによって―相手から―真実を引き出すことができる。時には、それ以前には真実でなかった真実まで」昔自分が憧れた、自らも成長する触媒、という感じだ。

原題は Tea with the Black Dragon
続編は Twisting the Rope です。Amazonで検索するとどちらも絶版みたいですね。正編は検索にも引っかかりません。困ったものです。 99.5.8

後記:続編を入手(Amazonで古本のバックオーダーをしていたら手に入りました)したので、読み終えたら(いつになるやら…(^^;))簡単なあらすじを書きます。 2001.3.7
3月現在、紀伊国屋でハードカヴァーが入手可のようです!


2. ナズュレットの書 シリーズ

なぜなら、この世界が痛みと混乱に満ちているからだ。だから、私はおまえを呼んだのだ。だから、おまえはもどってきたのだ(第1巻 P43)
第1巻 世界のレンズ(井辻朱美訳、ハヤカワFT文庫) (原題 Lens of the World)
第2巻 死者を統べる者 (同上)(原題 King of the Dead)
第3巻 狼の腹(未訳 原題 The Belly of the Wolf)
とっつきにくい作品かもしれない。この作者の作り出す世界、というより登場人物はとにかく妙なのだ。マーサ・マクナマラにメイランド・ロング(『黒竜とお茶を』)しかり、ダミアーノやラファエル(魔法の歌シリーズ)しかり。しかし、この作品の主人公のナズュレットはそれに輪をかけてひどい。醜男でしかもかなりの愚か者だ。特に初めの頃はあまりの情けなさに本を放り出したくなる。剣と魔法とか、美男美女、スマートでスピーディな展開とは程遠い世界。それでも主人公たちに共通するのは、愚かかもしれないが無垢で欲の少ない魂ではないだろうか。読者は彼の愚かさとたどる道筋の紆余曲折さに歯軋りし、彼の思いが脱線してばかりなのに業を煮やしながらも、いつしか彼の狂気に少しだけ感染しているのだ。彼らの存在自体がファンタジーといえるかもしれない。
ルネサンス期のイタリアを思わせるような舞台。孤児のナズュレットはヴェロンニャ王立の全寮制の男子校、ソルダーリング兵学校で過ごしてきたが、19歳になり、仕送りも絶え、一人立ちというか、そこを出て行くことになる。旅の途中で迷い込んだ建物の中には魔法使いらしき男ポウル。彼はいきなりナズュレットを殺すが、再び生の世界に呼び戻した(ものすごくわかりにくい展開)。ちなみにここ以外で、ポウルの魔法使いらしき描写はほとんど出てこない。ナズュレットを弟子にしたポウルは風変わりな教育を施す。彼にレンズの製法や戦い方、各国の言語などを教える(今まで読んだ本の中でこれほどぽかぽか殴られてばかりの主人公は初めてだ。)。この作品で自分の思い入れが一番深いのは、愚かな弟子の師匠への愛情かもしれない。
後に彼はヴェロンニャの賢王ルドフ(彼はポウルの教え子でもあった)の知遇を得るが、決して王に忠誠を誓うことはなく、どれほどの怒りを受けても王の命令で剣を振るうことはしなかった。というよりできないのがナズュレットたる所以なのだが。自らの権威を他に求めない、他の命令で血を流すことはしないというのが彼の内なる制約だった。
ポウルはナズュレットとアーリン(のちに出てくるナズュレットの旧知)に軽い「狂気」を植えつけたと述懐している。その狂気とは、普通の人間には得ることのできない「自由」。自らの権威は自らのうちに保ち、さしたる所有欲を持たず、他の思惑に惑わされず、曇りのない目で見、世間の常識といかにかけ離れていようとも信ずる通りに行動してはばからないことだろうか。そうできるだけの資質を持ち、そうするだけの知識と力を与えられた上でのことであるが。そしてその代償は極めて高いのだが。彼らが動くだけで周囲は狂気に感染し、愚かな闘争には終止符が打たれ、陰謀は残らず暴かれることになる。
物語はすべてナズュレットの一人称の語りである。第1巻は王にあてて書かれた回想録(二人が知り合うまでの話が大部分)であり、第2巻は彼の師匠ポウルに向けて書かれたものだ。こちらは第1巻の後、ナズュレットとアーリンの二人を何度も刺客が襲い、理由をつきとめるために、そしてヴェロンニャとの戦いを回避させるためにレズミアに向かう話だ。ナズュレットというのは、レズミアの死者を統べる神の名前であり、戦士であり詩人だったという彼の伯父の名前でもあった。第2巻では、彼が動くところ、ばたばたと刺客や兵士たちが死んでいく。本人は全く意図していないのにもかかわらず、まさに死者の王と化してしまうのが皮肉。
家庭では不和に悩まされる賢王ルドフ、はげでむちゃくちゃな(でも40代前半)師匠のポウルもかなり魅力的だが、規格外れで先が読めないアーリンの存在は忘れてはならないものだろう。鋭くて危険で美しい。読めば読むほどとんでもない人物だと思う。残念ながら十数年後という感じの第3巻ではすでに死んでいるが、ナズュレットの娘のナーヴァがかなり性格を受け継いでいるようだ。 2003.9.24

アン・マキャフリー(Anne McCaffrey)

だれも猫には気づかない(赤尾秀子訳、創元推理文庫)

ゆたかな毛をもつ、ひとつの人格なのですよ(本文P15)
マキャフリーと言えば、SF方面と連想するけれど、この作品はファンタジー、というかおとぎ話に近い。
猫好きが喜びそうなお話だ。早い話が「猫は何でも知っている」らしい。貴婦人の如く気高く、愛らしく、そして勇敢で賢い美猫のニフィ。人語をしゃべるわけではないが、その存在(ことに毛並み)がまたとないカウンセラーにして癒しの素となっている。実は彼女こそ、老摂政マンガンがこの世を去る際に、若き領主ジェイマス公に残した切り札だった…ということになっている。
ともすれば逸脱しがちの血気盛んなジェイマスを摂政であるマンガンはびしびしと鍛え上げたらしい。その甲斐あって彼はなかなかの人物に育ち、まさに成人しようとした時、マンガンは逝ってしまう。ほほえみさえ残して。実はマンガンは切れ者であり、また非常に用意周到な人物で、自分の死の前に必要な手配りはすべて終えていたのだった。ジェイマス自身の教育はもちろん、彼を将来補佐する人物も厳選して育て上げ、できる外交にはすべて手を打ち、そして最後の切り札-ジェイマスの護衛-がニフィであるとは誰も気づかなかったのである。
彼女はムードメーカーであり、そのアーモンドの形をした緑の眼に見つめられると彼女の味方たちはなぜか力づけられてしまうし、人物鑑定眼ある彼女の意見(ミィ!という…)を尊重する気になってしまう。主人の危機には鋭い爪で立ち向かうし、敵地への潜入経路を見つけることまで…。マンガンいわく、それが心を許した者への猫の友情らしい。
ファンタジーといっても猫のオールマイティーさを除けば、特殊な毒があるらしいとか、魔法の指輪(毒判定)が出てくる程度。あとはどちらかというと宮廷の陰謀劇に近い。訳の文体もあるとは思うが、語り口がおとぎ話風である。冒頭の文にある「だれも猫には気づかなかった」という言い回しは他の場所でも使われているし、熱心王の「熱心ぶり」の書かれ方(熱心に占領し、熱心に侵略し、熱心に海賊退治…)も繰り返しのパターンを使い、子どもに読んできかせる感じだ。そして最後の大団円のいわばあっけない描かれ方も。
しかし、自分はそれほど猫好きでないせいかもしれないが、猫よりも冒頭で去っていった老マンガンの方が気に入ってしまった。「こんなこともあろうかと」…とまではいかなくとも充分過ぎるほど用意周到だし、自分の葬式は儀式ばったことなどせず、美味なる料理とぶどう酒で宴会を開き、思い出を語り合う程度にすべしなどと指示を残す。しかもそのために極上の赤ぶどう酒まで(蔵で)用意してあるという粋っぷりだ。猫よりこっちの方が…というのはなし?
原題は Noone noticed the Cat
つまり、だれも猫には気づかな「かった」。これにはちょっとした違いがある。読んでいるとこの猫ニフィは目立ちまくりで活躍しまくりなのだ。いつも気づかないというニュアンスの邦訳ではなく、当初は誰も気にとめていなかった存在が、実はかなり重要な位置をしめるようになっていった…というのが本意だと思う。だが、直訳ではすわりが悪いので、曖昧な言いまわしでも通じるタイトルとなったのではないかなと思った。 2003.3.21

マーセデス・ラッキー(Mercedes Lacky)

ヴァルデマール年代記シリーズ

ラッキーは、マリオン・ジマー・ブラッドリーに見出された女性作家。このシリーズは、ヴァルデマール王国とその周辺を舞台にした、2400年にわたる物語。20冊近い本が出ているらしいが、邦訳されているのは5冊のみ。そのうち1冊は三部作構成の第1冊だ。原書は未読だが、十分に面白さがわかると思うので紹介したい。女性の描き方に特徴というかリアリティがある。訳された本はいずれも女性が主人公だ。

剣と魔法の世界を楽しむ時に、マッチョな男性しか感情移入できる人間がいなかったら、女性にとってはあまりうれしくないこともある。この人の作品は、前向きで元気のいい女性たちが、相当きびしい苦難に遭いながらも活躍する。

どうもこういう歴史が背景にあるらしい。この王国は、昔圧政者の苛酷な扱いに耐えかねたヴァルデマール男爵という人が、人々を引き連れて、はるか西に移住して成立したという。彼自身は王として名君だったが、自分の子孫がこの先よい治世を敷くかはわからない。そこでよき統治が続けられるよう神々に願った。そこに現れたのが3頭の神馬。常に正しい人達を選ぶという不思議な力を持ち(おお、アリシアのレンズ並み!)、王は自分の後継者でも、神馬(創元版では「共に歩むもの」)に選ばれた者―使徒(創元版「使者」)といわれるようになる―のみが王に選ばれるとした。使徒になった者たちは厳しい修行を経て、自分の魂の伴侶となった神馬と共に各国へ使者として旅だったり、紛争の解決をしたり、場合によっては戦の指揮もとる。彼らは王の補佐をする、いわば最強のブレーンとして機能しているのだ。

1.女王の矢(原題 Arrows of the Queen) (笠井道子訳、社会思想社 邦訳は上下巻2冊)

The Heralds of Valdemar 三部作の1。
パーンの竜騎士を読んだことのある方なら、竪琴師メノリの物語を思い起こしてもらうと、近いものがあると思う。ものすごく残念なことに原書は三部作だが、最初の1巻分しか訳されていない(初版が91年だから続きはもう…出ないかな)。先日試しに(99.11月下旬)注文したらまだ入手できたのでびっくり。興味のある方はお早めに。年代的にはかなりあとの方の話だ。
ヴァルデマール王国の東部国境地帯は、紛争が絶えず、そこに住まうのは頑健だが、偏狭で閉鎖的な「砦族」だった。女は低い身分で抑えつけられて一生を送るのが当然というところ。主人公のタリアは、そんな空気を潜り抜けて育った、本好きの変わり者の少女で使徒になりたいと夢見ていた。13歳になったある日、彼女は年頃になったというだけで、どこか知りもしないようなところへ嫁に行くように迫られて思わず家を飛び出してしまう。夫の暴力や酷使にぼろぼろになった女たちは周りにも十分過ぎるほどいたのだ。彼女自身も虐待を受けていたらしい。
そんな彼女の前に一頭の不思議な生き物―神馬(コンパニオン)―が現れる。神馬に選ばれたということも知らず、タリアはこの馬―ローラン―を都の学院まで送り届けようと決心する。ローランはすべてを知っているように彼女を都へ連れて行く。何もわからず旅をつづけるこの過程の描写が非常に好きだ。
学院についたタリアは、自分が使徒になるべく選ばれたことを知らされ驚愕する。そして、今までの生活から人に心を許すことができない彼女が、徐々に最初はローランに、それから身近にいてくれるシェリルたちに心を少しずつ開いていく。色気のないシンデレラストーリー(何だそりゃ)、成長物語といっていい。しかし、彼女の周りには、王位継承者にからむ廷臣の陰謀がうずまいていた。タリアのつくことになる役職の前任者は毒殺された可能性があった。そして彼女にも危険が迫る…。
まあ、こんなに若いのに力があるのがちょっと不思議なんだけど…。誰も味方がいない孤独、抑圧・虐待・いじめにあい、心をかたく閉ざしてしまった少女の描写は胸に痛い。女王も、側近のえらい人達も人間味があり、悩み苦しんで、もがきながらも何とか正しい結論を出していく。使徒の使命も重いが、それでもなおやらなくてはならないと、言いきる人たちも心を打つ。王位継承者のしつけの過程や、人に必要とされて世捨て人の生活から立ち直ったジェイダスの振る舞いなど、多様な人物描写が前向きに生きようとする力をくれる。  99.11.26

-----------------------------------------------------------------

未訳の第2巻では、タリアのインターン期間というか、正式に使者になるための実習が始まる。エルスペスも「共に歩むもの」に選ばれ、使者になる資格を得る。エルスペスと仲直りする暇もなくクリスと共に北方へ向かうタリアだったが、彼女は自分の共感能力をコントロールできないことに気付き、苦しむ。
その試練を乗り越え、ヴァルデマールに戻ってきたタリアを第3巻では更なる陰謀と試練が襲う。
エルスペスに縁談。相手はハードーンの王子アンカー。ハードーンの現王は信頼できそうだった。ともかく様子見をしようということに。しかし、国境で待つエルスペス達に先行して、ハードーンを訪問したタリアとクリスは捕らえられる。王は王子アンカーに弑され、タリアも惨たらしい拷問に合う。タルマと違って、こちらは魔術師付きで長期にわたる拷問というのがきつい。以前タリアに助けられて恩義を感じ、危険を冒して接触してきた商人に、死を覚悟したタリアは矢を託し、ヴァルデマールの国境に届けてくれるように頼む。自分はもはや助からないという印をつけて。
この第3巻では、タリアと「生涯の絆」(lifebond≒運命の赤い糸のもっとハードな感じ)が結ばれているダークが、彼女と行動を共にするクリスに嫉妬を抱き、精神的にぼろぼろになってもがき苦しむ様が活写?されている。この絆の発生は、自由恋愛が常態で、人より「共に歩む者」との絆が強い使者達の間では殆ど起こらない出来事らしい。二人はまだ互いの気持ちに気付いていない。クリスは彼の親友だが、非常に美男子なのでタリアが彼を好きになるのは当然としか思えず(実はタリアは美男子嫌い)、酒に溺れ、陰謀にはまり失脚しかける。タリアの方でも、クリスが伯父のオーサレン卿を事あるごとにかばうために不信を抱いてしまう。また、エルスペスはろくでもない男と関係を結びそうになり、一度は堕落しかけたが、タリアに強く諌められて未遂に終わる。…このように使者達の連帯にはさまざまな亀裂が入れられていた。それが一つに収束していく様子は不気味である。
第2巻で。「女王の矢」のいわれである、暗号としての矢の使い方の説明などは、こういう人達が普段どのような活動をしているのかイメージさせてくれて興味深かった。この説明の後の第3巻、というのがこたえた。 2007.2.12


2.女神の誓い(山口みどり訳、創元推理文庫)

シリーズ名はVows and Honor(二部作)原題は Oathbound。創元版からは、表紙が末弥純氏になっているのはかなりうれしい。
1の数十年〜百年くらい前の話になる。物語の舞台はヴァルデマールを離れた南東方面、遊牧民が暮らす地から始まる。主人公は二人の女性。
精悍をもって知られている遊牧民族シン=エイ=イン。その一部族「鷹の子ら」は、祝いの日に集落を山賊に襲われ、一人を除いて皆殺しにされる。ただ一人生き残ってしまったタルマが主人公の一人だ。彼女は一族の仇を討つべく、血の復讐を誓い、「誓いを立てし者」となる。それはシン=エイ=インをつかさどる女神にすべてをささげ、女神の剣の一振りとなるということだった。女神の加護をうけ剣の腕をあげていくタルマだが、ひきかえに自分の欲望を捨て、性を超越してしまうために女性としての生活もすべて捨てることになる。多勢の山賊に一人で立ち向かおうとするタルマに助力を申し出たのは、一人の女魔法使い、ケスリー(彼女がもう一人の主人公である)。可愛らしい顔に不似合いな叡智の眼差し、そしてさらに不釣合いな剣を帯びた彼女は、まだ修行中の身ではあるがタルマの強い味方となる。力を合わせて山賊たちを討ち果たすと、意気投合した彼女たちは姉妹の誓いを立て、女神もそれを祝福する。外部者ながらケスリーが部族の一員となったので、タルマには部族再興の望みができた。一方ケスリーは魔法の達人となった後に学校を作る必要があり、どちらにしても、人を寄せる名声と金が要る。そこで二人は傭兵稼業をはじめるのだった。
ケスリーもまた、辛い過去を持っている。信じていた実の兄に売られ、まだ年端も行かないうちに幼女愛好者のもとに嫁がされた。男の虐待から必死に逃げて、その途中で魔力を発現し、魔法使いとなったのだ。
さて、ここでケスリーの持つ剣に触れておかなくてはならない。この剣は「もとめ」という名を持つ。剣士が持てば最強の魔法を防ぎ、魔法使いが持てば手練の剣士に早変りできる、致命傷でなければ治癒能力もある、という、いたれりつくせりのすごい力を持っている。ただし、この機能は女性限定である。また、女に向ける剣はない、などというせりふを時々聞くことがあるが、この剣は文字通り、女性には危害をくわえることができない。そして何よりこの剣を使える代償が、時によりなかなかハードだ。近くにいる女性が危難に遭っていたら、必ず助けなければならない、という誓約込みなのだ。あとになってくると、助けるまではすさまじい頭痛がケスリーを襲ったりする。このために彼女たちは、行く先々で女性を助けて歩かねばならない羽目にあう。夫婦喧嘩に巻き込まれたり、道をはずれることなど日常茶飯事。…とまあそういったわけで、傭兵稼業には命の危険もさることながら、食糧がないとか、ぬれねずみでめちゃくちゃ寒いなど、苦労や愚痴がつきものとなる。
女同士の友情は男が絡むと壊れやすいというが、この場合男ができればまさにうってつけなのがおかしい。ケスリーが子供を産んでくれれば、一族が増えて万々歳というわけだ。二人の毎日は、きれいごとで描かれるのではなく、ぐちや井戸端会議調、けんかに仲直りもしっかり含まれている。彼女たちの友情というか、「血の姉妹」の結びつきの描写が一番心に残る。  99.11.26


3.裁きの門 (同上)

原題は Oathbreaker。2の続きだ。ここでは背徳者が裁かれる。
タルマとケスリーはそこそこの評判を立てるようになる。また、もう一人(一匹)の仲間、キリーも得た。そこで名だたる傭兵集団「太陽の鷹」に入ることができたのだが…。団長のアイドゥラが兄弟の王位継承争いにからんででかけたきり帰ってこない。彼女を探し出すためにまた二人は旅に出る。
人倫に背いた外道ともいうべき「誓いを破りし者」を追放する儀式の場面はぞくぞくする。この巻でケスリーは修行の階梯を昇り、達人の域に達する。
また、ここでヴァルデマールとの接点ができる。タルマたちは、使徒(創元版では「使者」になっている)ロアルドは次期王位継承予定者だが、彼と出会い、援助と同盟を約束される。 99.11.26
ちなみにこの巻で悶々とするのは、ケスリーに恋した中年の学者ジャドレックである。博識でワールにも賢者と評され、無条件で尊敬されるほどの逸材だが、身体を悪くしている。彼の場合は高潔さがにじみでているし、彼の悩みの主要な部分は年齢差なので、他の男たちよりはましな描写かもしれない。
                                                  2007.2.12 ちょっと追加


4.誓いのとき (同上)

タルマとケスリーの物語で、上の2作にからんだサイドストーリーを集めている。本編の裏話などが満載されていて楽しめる。彼女たちを追いかけて、間違いだらけの歌を作ってばらまいている、吟遊詩人の話がかなり笑える。彼にも苦労はあったんだ。二人が学校を開いてからの話もある。ケスリーの子供(5人もいる…)が活躍する場面もあり、この先の話に期待してしまう。命がけの仕事を続けて危ない目にあってきたせいもあるが、年をとってきたタルマが、身体のあちこちが痛むという描写はちょっとつらかったなあ。 99.11.26


5.運命の剣(同上)

「願わくはそなたが興味深い時を生きられますように」(ティレドラス族の言葉より)下巻P409
原題は By the Sword 。邦訳では上下巻で刊行されている。
タルマ&ケスリーのシリーズ(2〜4)とヴァルデマール国の歴史を描く本編とのおそらく接点となる作品。時代は3.の100年後だという…。ケスリーの孫娘、ケロウィンが主人公。そう、もちろんここでも女性が主人公だ。たぶん女神さまの力でタルマは長生きし、ケスリーも魔法で子供を産める期間を長くし、ついでに寿命も長いのだろうけど、それにしても100年後に二人がまだ生きているのにはかなり驚いた(ジャドレックも長生きさせて欲しかった…)。ケロウィンという名前もどうもカエルのようで困ってしまうが(実は原文では愛称も「ケロ」らしい)、向こうの人にはどう感じられるのだろう?
不肖の子というのはどこにでもいるものだが、ケスリーにもやっぱりそういう子供がいたらしい。それはケロウィンの母親だ。ケスリー達が忙しすぎてシン-エイ-インらしく育て損ねたおかげで「結婚させるしかない」(この表現もすごいが)お嬢さんに育ってしまったのだ。それが魔法使い嫌い&男尊女卑な男の嫁に行ったために、ケスリーは可愛い孫(の一人の)ケロウィンにも会えなくなってしまった。
ケロウィンはそのために祖母のことは少ししか知らずに育ってきた。いちおう祖母からの財産があったので彼女の家はそこそこ裕福だったようだが、母が亡くなり、使用人を雇う金を惜しむ父親のせいでお嬢さまなのに雑務にあけくれるケロウィン。ここまで書くとシンデレラみたいだが、この人の作品は例によって甘くない。だから主人公にもかなりの資質が要求される(いちおう美貌も入ってはいるようだが)。彼女は乗馬も剣も少しはできる男勝りのお嬢さんで、しかもテレパスだ。
彼女の大好きな兄の結婚式の日、どこからともなく暴漢達がなだれこんでくる。次々に殺されていく客達。台所で料理の差配をしていたケロウィンは異変を知って、応急措置の防衛線を敷く。まわりにある机やらすべてを動員して、裏口をふさぎ、敵に熱湯を浴びせるなど少しでも抵抗して人々を救おうとする(このへんのサバイバルは、無防備に暮らしている今の自分にはけっこう参考になるかもしれない)。執事や何人かの使用人もそれに力を得て奮闘する。しかし彼女の兄は重傷を負い、父は殺害され、兄嫁はさらわれるのだった。
さて周りを見まわすと動けるまともな男が一人もいない。みな殺されたかひどい傷を負っている。しかしこのままにしておくと、兄嫁をよこした家から難癖をつけられることが目に見えていた。報復に家をのっとられたり、襲撃くらいはされそうである。そこで仕方なくケロウィンは自分がアクションを起こすことにしたのだ。このこと自体無謀ではあるが、さすがのケロウィンも一人でいきなり追跡するほど愚かではない。祖母を訪ねて援助を乞うと、祖母ケスリーは、あの「もとめ」を渡すのだった。剣がケロウィンに反応したためだ。
タルマとワールも陰で助力し、「もとめ」に一部憑依もされて敵を倒し、兄嫁を連れてカエル(違)ケロウィンだが、妙に曲解された歌を作られるは周りから浮いてしまうわで家にいられなくなる(吟遊詩人と相性が悪いのは遺伝かも?)。そこでケスリーのもとで修行を始め、タルマの紹介した素性のいい傭兵団「天空の稲妻」に就職、のちに手練の傭兵として名をあげていくことになる。
タルマによるとケロウィンは力といい戦術眼といい、今まで彼女が見た中で最優秀らしい。この作品中では苦労が多く、死にかかったり、みじめな境遇におちいったり比較的「地味」な活躍ぶりだ。後に彼女は出世してかなり上の立場で辣腕を振るうようになるらしいので、続編の邦訳を強く待ちたい。また、この作品の後半で1.のタリアが登場する。『女王の矢』の後の話になるようで、そのシリーズの第3巻( Arrow's Fall )が終わっていることが前提らしい。社会思想社さん、ちゃんと続きを出してください(残念ながら倒産してしまったので創元さん、お願い…)。
ちょっとすじをみただけでもわかるが、女性であるためにいろいろ苦労をする…という話が多い。まずケロウィンの父親から、女のくせに自分より成功していて財産があるのが許せない…みたいな考え方にこりかたまっているし、兄も妹が「えらく」なってしまうと疎んじるようになる。のちに一時の恋人となるダレン王子(レスウェラン国)も、彼女が自分についてきてくれないことがなかなか理解できない。ジェンダーバイアスばりばりである。フェミニズムみたいなのが鼻につくという人もいるかもしれないが、それだけ肩肘はって命も張らなくてはならない人達の物語と思って読んでほしい。
なぜ女が傭兵なのか?ケロウィンだってはじめから好き好んで選んだわけではない。でもどうしてもしなくてはならないことをしたら、ただでさえ肩身の狭かった居場所さえなくなってしまった。そうしたら自分にできることで身を立てるしかない。そして一度自分の天職を知ってしまったら、それをはばむ道に進むことはできない。つまりはそういうことなのだ。たまたま戦うことが向いていたという…。そしてなぜ戦うのかも彼女なりに理由を見出している。誰かが戦わなくてはならないのなら、その中にちゃんとした人間がいた方がいいということだ。
普通、傭兵が戦う…なんて話だと戦闘シーンとか派手なアクションが多そうだけど、この人の作品ではその前後の作戦行動やメンテナンスとか、地道な作業の描写が多い。人事、食糧や馬の手配は当然のことながら、死んだ兵士のチェックと家族に知らせる手紙を書く、とか、傭兵組合との交渉とか、照明器具に気を遣ったり、テントを張りながら、トイレ用の穴もちゃんと作るとか…。辛い作業が多い。可愛がって育てた部下たちを時には多く死地に追いやらなくてはならない。生き残らなくては勝たなくてはならないから、戦略にはもちろん汚い手だって含まれる。妨害工作に始まって敵の要人の暗殺も大事な仕事だ。
今回は祖母達と違って独り寝の寂しさを味わう主人公である。部下と関係を持つなとか、男女の話にも大人なので直面している。そのうえ同性愛の傭兵たちも存在するので(それはそうだと思った)、こじれないように気を配る必要まである。タルマは性を超越したし、ケスリーは血の姉妹と一緒にすごせたし(同性愛ではなく姉妹愛)、後には伴侶にもめぐり合えているのに、ケロウィンはかなりの年(いくつかわからないが軽く30は過ぎていそう)になってもシングル。強すぎて相手に引かれてしまうというのも困ったものだ。
今回は「もとめ」の性質がいくぶん明らかになってきている。剣の欲求を制御することがケロウィンにしてはじめて可能になった。このことも続編を楽しみにする理由の一つである。
そうそう、神馬と出会った時というのは『パーンの竜騎士』に出てくる「感合」のようだ。最後の方で神馬ジェイサンの言った「何か気に入ったものでも見つかったのかね」にはつい笑ってしまった。タリアのジョークもなかなか。こういうところでバランスがとれているのかな。 2002.1.16

6. 宿命の囁き(ヴァルデマールの風 第1部 上下巻)

原題はWinds of Fate 。
今回のシンデレラストーリーのヒロインは、『女王の矢』でタリアが根性を叩き直した、元・暴君王女のエルスペス。
あ、もともと王女だったか。
頭は良く、容貌もたぶん悪くはないが、美形ぞろいの王室あたりでは少々地味らしい。辛らつなユーモア感覚は独特のようである。また、かんしゃくもちで、きつい性格。手段を選ばない行動がとれるあたりは武術を教わったアルベリッヒ・スキッフ・ケロウィン仕込みと言えるだろうか。
女王の矢でヴァルデマールがアンカーを撃退してから5年後。エルスペスが暗殺者に遭遇するところから物語は始まる。なぜか魔法や魔法を使う者を排除するヴァルデマールの結界を乗り越えて、ありえない暗殺者が王宮深く送り込まれたらしいことに女王セレネイはショックを隠せない。
タリアを殺しかけたアンカーがまたもや触手を伸ばしているのは明らかで、魔法障壁も今回は役に立たないかもしれない。激しい危機感を感じたエルスペスは、使者としても同僚であり、武術を教えてくれたスキッフをお目付け役にして、魔法に関する手がかりを探しに、ケロウィンが率いていた傭兵隊「天空の稲妻」の魔法使い(師範級)を訪ねる事となる。力ある魔法使いを探し、助けを借りるためだ。女王の前夫であり、彼女に暗殺の刃を向けた男の娘であるエルスペスは、自分は失われても構わない人員であると考えていたからこれは自分の役目だと思っている。そして王位継承は自分の弟妹に行くべきだとも。
ところが、エルスペスの魔力の強さはとんでもないクラスだった。ヴァルデマールにいた時にはだれも魔法を使わなかったので気がつかれないですんだが、コントロールを知らない今の無防備な状態はあまりにも危険。苦痛や快楽などで人を縛り、自分の魔力の糧にするような悪質な魔法使いなんかにつかまったら、大変なことになる。彼女の魔法修行は緊急最優先事項となった。しかし、「共に歩むもの」たちがこの先のシナリオをお膳立てしていることを知ると、エルスペスは猛反発。結果、彼女は自分の「共に歩むもの」の意見を無視して、かつて最後で最強の使者兼魔術師のヴァニエルに魔法を指導したという鷹の兄弟のもとに行くことを決めてしまう。
女神のお導きもあったようで、エルスペス達はシン・エイ・インから鷹の兄弟達の住む場所への詳細な地図を入手、ドウリシャ平原の中央を目指す。そこで彼女達は鷹の兄弟の一人、暗き風と出会う。彼らもまた、重大な問題を抱えていた…。
鷹の兄弟達といっても、彼らもシン・エイ・イン同様いくつかの部族があって、あちこちに点在して住んでいる。エルスペスがたどり着いたのは、そのうちの一集落なのだが、地図に書かれた印の場所である。ここへ行って出会えという女神の思し召しということだろう。女神様の意志がヴァルデマールの運命とどうかかわってくるのかはこれからの見所になりそう。
もとめの秘密がかなり明らかになる。そして、共通の敵、現る。で、今回はスキッフがぼろぼろになるの巻。エルスペスが利用される可能性に備えて危機感抱きまくっていたというのを差し引かなくてはならないけれど、タリアとの交流で点数を稼いでいた時の彼とはとても思えない。
でも一番残った台詞は暗き風君の「便所掃除」。美青年の彼が、変化の子ナイアラの性的魅力に反応しないように、必死に萎えるものを思い浮かべ、言い聞かせる様が妙におかしい。  2007.2.12


7. 失われた一族(同第2部 上下巻)

原題はWinds of Change 。
鷹の兄弟の一人、暗き風がエルスペスに魔法を教え始めるが…。例によってきつい性格の彼女と慎重派の暗き風は何度も意見が衝突し、ぎくしゃくしている。暗き風はエルスペスの性急さを何とかしたいと焦りを感じ、王族然とした態度にむかつきもする。でも、彼女のことは頭もいいと認めてるし、発想にも一目置くところをみると嫌いではないらしい。このあたりの好みはタリア(癒し系方面か)が気に入るスキッフとだいぶ違うと言えるだろう。
もちろん、二人の心情とは別に深刻な事態は進む。モーンライズは生きていて、エルスペスや暗き風の魔力を狙い、グリフォンを手に入れようとする。一方、彼に造られた変化の子、ナイアラはもとめの力を借りて、少しずつ人間らしさが増してくる。
えー、上巻前半ですでに下心全開な暗き風につっこみを入れたくなる。そして君は仙女様(@シンデレラ)ですか。やっぱりこれはシンデレラストーリーだという感を強くする。
また、超絶美形で天才魔法使いというお助け人:炎の風が現れてエルスペスがのぼせあがり、今回は暗き風君がジェラシーでぼろぼろになる羽目に。
この美形氏は何とヴァニエルの子孫らしい。これで、ヴァニエルの話も早く邦訳してくれ〜ということになる。
表題の意味については、最後まで読むとわかるねたばれになる。また、タルマらしき人が出てくるのがちょっと切ない。
今までの主人公たちと比べ、恵まれた立場のエルスペスには同情がつきにくいかもしれない。でも、恵まれた立場だからこその苦労もある。王族の義務や日常、宮廷での謀略に神経戦…。こういったことへの適性が欲しい状況でもある。それでも、王位継承権を捨ててもいい、国を救いたいという気持ちの強さは尊い。何よりも、彼女は手段を選ばない。想い人が奪われそうになるなら、卑怯な手段を使って勝ってやると宣言するところは微笑ましいし、彼女らしい。この人の作品で主役を張るからには、このくらいのなりふり構わなさでちょうどいい。「性格の悪さ」に更なる磨きがかかることに期待したいもの。
いらだたせられ、弱気になって、挙句の果てには少し尻に敷かれそうな暗き風君の前途に幸あれ。 2007.2.12

アーシュラ・K・ルグィン(Ursula K. Le Guin) ねたばれあります!

ゲド戦記 シリーズ(邦訳は岩波書店より、訳者:清水真砂子)

第1巻: 影との戦い(原題は A Wizard of Earthsea)
第2巻: こわれた腕輪(The Tombs of Atuan)
第3巻: さいはての海へ(The Farthest Shore)
第4巻: 帰還(Tehanu)

アースシー(Earthsea)という世界での物語。アースシー3部作といわれたが、今は4部作だ。派手な魔法はあまり出てこないが、ファンタジーとして名作の1つだろう。児童書の分類に入っていることが多い。

中学生の時に読んで強く印象に残った。この先何度も読むだろうと予感した。しかし、岩波の上装版は高い!何度でも読む本だから納得はしているのだが。1巻が同時代ライブラリで出たのでそれだけは買い、あとは英語版を入手した。(この英語力でよくやると思ったが)

最近(といっても2,3年前だが)約20年ぶりに4巻が出たので、多くの人が驚きとまどった。せっかくユング心理学の類型にぴたりとはまる内容だったのに・・・と思った心理学者も沢山いただろう。この4巻はあまりにも前3作と趣を異にして、児童文学の範疇にも入れられないような内容だった。賛否両論だが、私はとりあえず賛としておこう。なぜなら作者が書かずにいられなかったということが、何となくわかるような気がするからだ。ここまでくると「ゲド戦記」という邦題のシリーズ名がそぐわなくなってくる。1〜3巻まではかなりつぼにはまっているとは思うのだが。ただ、私が邦訳を読んだのは1巻を除いて(つまり2・3巻だが)相当むかしだ。手元には英語版しかないので細かいニュアンスは思い出せない。

これを書くにあたって、NIFTYのFORUMで2回にわたってとりあげられたゲドの会議室の内容を参考にさせていただいた。(未消化分がいっぱい・・・)自分の中で漠然としかとらえられなかったものが少し日の目をみるようになった・・・という感じだ。ユングとかフェミニズムとか詳しくないので、自分の感覚を頼りに人の分析も聞きながら、理解しながら(かじりながら)書いていくことにする。まずは巻を追って---

第1巻 影との戦い
少年ゲドは魔法使いとして非凡な才能を持っていた。だが高慢で不安定であるゆえに、大きな過ちを犯し、それを償うために探索の旅に出る。
師オジオンや、ルーク島での師匠たちとのふれあいもあるが、やはり親友エスタリオルとの友情が心を打つ。自分の本質、すべてをあらわす真の名は、よほど信頼している人にでないと教えられない(ふだんは通り名で呼び合っている。ゲドの通り名はハイタカ)。また、魔法使いは自分を支配される可能性があるため、真の名前を教えるのには特に慎重である。それにもかかわらず真の名を教えたエスタリオルは、ゲドに無条件の友情を信頼という贈り物を与えてくれた。今でもゲドがそれにこたえて「おれの名はゲドだ」というシーンが心に残っている。
影から逃げつかれ、鳥に姿を変えたゲドは、無意識のうちに、オスキルから故郷のゴントをめざす。もう、自分がかつて人間だったことすら忘れかけて。い合わせた師匠のオジオンが彼を救う。そして、静かで暖かい沈黙と助言を与える(このシーンもすごくいい)。呼び出してしまった影を今度は追い、ゲドはさらに不思議な冒険を重ねて行く。影は次第に自分の影となり、最後には自分の影を含めて受け入れることで完全な一人の人となる。読者は、自分の欠点を見つめ、影を受け入れるということを自分の成長に即して考えるだろう。
第2巻 こわれた腕輪
カルカドの国の神殿の奥に、エレス・アクベの腕輪の半分が隠されていると知り、ゲドはカルカドに向かう。暗い迷宮の中、そこで彼が出会ったのは、巫女テナーだった。この巻ではテナーが主人公だろう。
テナーは幼いうちに、先代の巫女の生まれ変わりとして、神殿に連れてこられ、もとの名を失い、”食らわれた者”アルハとして、最高位の巫女の地位につく。暗い神殿と迷宮が彼女の生きる世界。女性の巫女同士の反目や確執に嫌気が差す。男性は入ることを許されず、ただ1人宦官のマナンが彼女の世話をする。愚直な彼は、アルハに忠誠を捧げている。この世界での自分に漠然とした不安と不満を感じていた時に現れたのは、ゲドだった。彼をどうするか。助けてやろうと思ったり、殺そうと思ったり、アルハ=テナーの心はゆれる。外界の話にも興味があるが、自分の世界の狭さが悔しく、恥じ入る気持ちもある。自分の持っていたものの多くが実は価値の無いものかもしれないと知り、衝撃を受けた。多くが虚構であり、酷いものを覆い隠しているにすぎなかった。彼女の神殿に祭られているものたちは、確かに力をもったものであるが、崇拝すべきものではなかった。最後にはゲドの説得を受け入れ、彼と神殿を脱する。腕輪の片割れと共に。だがその途中で自分を愛していた宦官を殺さねばならなかった。異性との出会いの象徴のような巻である。
外に出た時に、彼女は自由となった。しかし、神殿から出た自由は、先の保障されない自由でもある。自分の前に広がる無数の選択肢。どうすればいいのかわからない。そんなテナーにとって、自分の真の名を教えてくれたゲドはただ1つのよるべき場所だった。しかしゲドは、しばらくは一緒にいてくれたものの、師のオジオンのところへ彼女を連れて行くと、また、去って行くのだった。彼にはしなければならないことがあったから。
オジオンのもとにテナーを連れていったのは、ゲドにとって、彼女を非常に信頼していて、大事に思っているあかしでもあったはずだ。自分にはテナーのことをうまくやってあげる時間の余裕がないが、オジオンならそれができる。しかし、そのときのテナーにはわからなかっただろう。一人放り出された不安と、見捨てられたという絶望と怒り、かなしみがあっただろう。そして、テナーはどんな道を選択したのか。それが、4巻で語られる。
ゲドにとっては、腕輪の片割れをみつけることが第一で、テナーのことは、いわばおまけというか、いきがかり上、というところがあった。それだけに読んだ当時はテナーがかわいそうだった。
第3巻 さいはての海へ
世界の魔法の均衡が破れ始めていた。その原因を探るうちに、今は大賢人と呼ばれるようになったゲドは、世界の果てへ旅をすることになる。王国の若き王子レバンネンを連れて。
この巻は正直言ってあまり覚えていません。もう一度読んだら、書きなおすつもりですが、若き王の資質を知って喜ぶゲドの姿と、尊敬する師としてゲドの後をけなげについてゆくレバンネンの姿が印象的でした。若者をいとおしく思うこの気持ちは、やはりある程度年をとらないと実感しにくいものかもしれない。
最後に自分の身をもって、破綻をくいとめたゲド。そこで、彼の死で物語は終わると誰もが思っていた。しかし、作者にとっては終わりではなく、20年ほどの間、長い産みの苦しみがはじまった。
第4巻 帰還
前の3作から20年ほどの時間がたって発表されたが、物語の中の時間は、すぐあとに続いている。そうとう物議をかもしている。今までのストーリーを破綻させた、子供のけんかに親が出た、現実的な描写にすぎる、男が情けない姿にしかかかれていない、などなど。少女テルーの書かれ方も足りなさ過ぎて判断しにくいと思う。でも、これは、いちおうの物語の終わりなのだろう。(実はこれ邦訳で読んでいません。なかなか衝撃的な(^^;)訳語があるとは聞いてますが)
確かに読み始めてショックを受けた。まず、テナーが中年のおばさんだった!まあ、ゲドがおじさん〜おじいさんになれば、テナーもおばさんになってて不思議はないのだが。やっと帰ってきたゲドも魔法が使えなくなってるし、オジオンは亡くなるし、弱者の集団という感じになっている。爽快感が何もない。加えて現実なるもの。体にやけどを負った少女テルーは対人恐怖の気がある。ご近所づきあいとか、女同士のぐち、世間様の目とか、だんなや息子が俗物で・・・とてもいわゆるファンタジーの世界という感じではない。
アチュアンの神殿で最高位の巫女アルハだったテナーが、なぜゴハ(嫁ぎ先での通称)の道を選んだのか?多くの女性につきつけられそうな問い。オジオンの指導を拒み、普通の女として生きることを選んだテナー。何となくの結婚・出産・近所づきあいで日々が過ぎる。どの女もそうなるのが当然と何の疑問も持たずに。もちろんゴハとしての自分も自分の一面である。こんな暮らしも悪くない。何不自由ない暮らし。いいだんなさんに、(そこそこ)ごりっぱなお子さん、相応の家・多少の財産・近所での悪くない評判・・・。
ところが、こんな生活に揺さぶりをかけたのが、世界の不穏と、焼かれた子供テルーとの出会いだった。オジオンの死。そして、瀕死のゲドが竜にのせられて帰ってくる。彼はもう限界まで能力を使いきったために魔法が使えなくなっていた。もう、今までのやり方には頼れない。ゴハ=テナー=アルハは自分のもてるものすべてを動員して手探りで生きてゆこうとする。
読んだ人特に女性にはゲドの皿洗いシーンが印象に残るらしい。私はだんなや息子のしつけ方を間違った!という嘆きと共に。一人で生きてきたゲドには、自分のことは誰にも頼らず自分でするのは当然だった。あたりまえのことって何?という、作者なりの問題提起の1つといったらいいすぎだろうけど。
ラストシーンでの竜カレシンの登場には私も頭を抱えている。だってどうしたらいいかわからなかったの、というテルーの言葉は作者の言葉ともとるべきか。因果応報への願いか。実際の生活にはカレシンは出てこない。でも絶望をしてほしくないということか・・・
ともかく、ゲドとテナーは物語での役目を終えて、退場する。おそらく後進を見守ることになる。2人には穏やかな暮らしをさせてあげたい。そしてテルーの物語が新たに始まるのだろう。99.4.24

ハヤカワのFTで『伝説は永遠(とわ)に』というタイトルでアンソロジーが翻訳された。これにはゲド戦記の外伝が1品含まれている。原題はDragonfly。主人公はトンボという女性なのでそのままだ。時代は4巻の真っ最中くらい。やはりこの世界に生きる女性を描こうとしている。なお、2001年に第5部:The Other Windが出るらしい。 2000.12.21追加

マイケル・スコット・ローハン(Michael Scott Rohan)

ウインター・ワールド シリーズ(木村由利子訳、角川文庫)

 シリーズの原題は Winter of the World です。

1.氷の魔道師   2.氷龍の復活 vol.1: The Anvil of Ice
3.氷結都市 4.氷原の彼方へ  vol.2: The Forge in the Forest
未訳   vol.3: The Hammer of the Sun

(1.2はOrbitで、3のみAvon Books刊のペーパーバックで入手)

これも途中までで角川文庫の邦訳が終わっています。はじめに全6冊と書いてあったのですが、4冊目の訳者あとがきを見ると、このあとは出さない様子。ひどい!2巻だけで終わると、ハッピーエンド風です。でも、最後まで読まないと明かされない真実もあるので、ここまでで気に入った人は是非読んでほしい(そういう自分は、まだ飛ばし読みしかしていない)。興味を持って意地でも取り寄せて読むと、語学力(と根性)が少しはUPする、という効果は期待できそうですが。原書は数年前に3巻しか手に入らなかったけれど、今回イギリスの本屋さんに注文したら入手できました。(2000.5月現在一部はアマゾンや紀伊国屋でも入手可能のようだ)

あらすじ
この本のベースは北欧神話ですが、あくまでもベースであって、違う世界です。舞台は何とこの世界の過去です。しかも第4氷河期のころ(1万8千年くらい前?)。ネアンデルタール人らしき人達も共存していて金属加工の高度な文明を持っています。物語の始まりはいまでいえばアメリカ大陸になります。氷が生き物の敵として立ちはだかる、という設定です。
主人公は、孤児のアルブ(取替えっ子という意味になるので、のちにエロフと改名)。アセンビーという小さな北の町で奴隷のようにこき使われていた。その町に侵略者エクウィッシュ人が攻めてくる。彼は町に危険を知らせたものの、城門は彼の前で閉ざされる。エクウィッシュ人が町を陥落させ、アルブもつかまるが、エクウィッシュ人と契約しているという魔鍛冶師ミリオに命を救われる。ミリオはアルブに素質を認め、弟子として修行させる。ミリオの塔で勉学に励むアルブ。真の鍛冶の仕事は、形作る力及びその創造者と鍛冶師を結ぶ間接的創造の技だった。鍛冶場で唱えられる歌には古代の真の魔術がこもっていて、彼らの作り出す物に力を与え、自然そのものの持つ力を最高の状態で作りかえる。すぐれたものになると、人の心さえ動かすという。アルブは優れた力で、愛の魔力を持つ腕輪、姿を消したり変えることのできる兜、向けただけで恐怖の念を引き起こす精神操作剣、を作り出す。
エロフが最初の課題として腕輪を作ったある日、謎の美女ルーヒが弟子のカーラという少女を連れて現れる。カーラは何か辛い境遇にいるようだった。アルブはカーラに恋し、自分の作ったはじめての作品の腕輪を贈り、いつか会いに行くことを誓う。彼女も希望を捨てずにいると答えるのだった。カーラは何か強い絆でルーヒに束縛されているらしいのだ。
アルブの才能はミリオの予想をはるかに上回るものだった。彼は、アルブに不完全な知識しか与えず、一生利用しようと考える。師匠の真意を知ったアルブは、友人のロックと逃げ出すが、その途中、ミリオが精神操作剣をドゥエルガー族(ご先祖と呼ばれている、ネアンデルタール人に近いようだ)に向けるのを見て、警告して助けた。沼地で鍛冶の仕事を始めたアルブは生まれ変わった気持ちでエロフの名に改名する。エロフ:ただひとつのもの。また、沼地で名剣を見つけて鍛えなおす。
ある晩、エロフのもとに神馬に乗った力ある神々の一人、大がらすが現れる。馬に蹄鉄を打たせた礼の金を、彼の使いのからす達が奪って逃げていく。それを追いかけて行くうちに、着いた海岸で、海賊を率いるケルモルバンという青年と出会う…。そしてミリオやルーヒが彼の作った剣やかぶとを悪用し、エクウィッシュ人たちの侵攻を加速させていたことを知る。エロフとケルモルバンはミリオに対抗する術をドゥエルガー族の高度な鍛冶の技に求めにいく…。
次の巻では、エロフとケルモルバン、ドゥエルガー一族の女性イルスたちが、東に向かい、タピアウの森に入る。そこでは、何千年もの昔にいたはずの人達が夏の宮殿でまだ生きていて暮らしていたのだった。人間を保護しているという森の王タピアウの言葉の真実を見ぬいたエロフ達は森を抜けてさらに東に向かい、過去の都市跡にたどり着く…。
人間に敵対し、さまざまな魔物を連れてくる氷。氷の神と、変化を好まない森の神、変化を愛する神の大がらす、死を執行するワルキューレ一族などが、エロフの運命と関わってくる。
エロフとは何者なのか?大がらすだけはすべてを知っているようです。この大がらすは、北欧神話のオーディンがモデルのようですが、こちらの方が渋くていい。エロフ一行が神々に行く手を邪魔されたため、使命を果たすのが遅れた分を取り戻させてやるというシーンがあるのですが、これが荒っぽいのなんの。感謝して伏し拝んでいいのか、怒って首を締めた方がいいのか迷うほど。先ほどのエロフを沼から追い出してケルモルバンと出会わせた手段もそうとう荒っぽい。一晩で、通常の道でも2,3日かかる距離を走破させられたのだから。
第3巻は、2巻の7年後から。はじめの方で、エロフがカーラを失うのではないかと狂気にも似た不安にかられていくのですが、愛というものの難しさ、人というものの哀しさが身にしみるシーンです。とりかえしのつかないあやまちを犯したエロフをカーラは許さずに去ってしまう。エロフは大がらすの止めるのも聞かず狂気にも似た思いで、東へと旅立ちます(ヨーロッパにあたるでしょう)。旅の始めから苦難の連続です。そして、伝説の地ケリスにたどり着きますが、さらに酷い苦難が彼を襲います。ケリスの民は無慈悲な王の専制政治下にあり、彼らが戦うエクウィッシュ人でさえ、実はルーヒによる恐怖と利益で氷の勢力に取りこまれていたのでした。カーラを取り戻し、かの地で氷と戦うために、さらなる力を求めてエロフは探索を続け、ついに、その手段と己の素性を知るに至ります。
巻末に補遺として、当時の動物や風俗などの補足(!)付き。しかも巻を追うごとに追加されていきます。作者はバイキングの研究をしている方で、これは始めてのファンタジーとのことです。古生物学や、クラシック音楽、人類学にも造詣が深いそうです。村の生活や沼地の自然・地勢、鍛冶の技・戦闘の様子がしっかり書きこまれています。また、植物相についての描写が多いような気がします。

第3巻の内容(おおすじ)を少しずつUPすることにしました。現在第9章まで 2006.9
→申し訳ありませんが、書き直し中のため、一時取り下げます。今度UPする時は第10章も一緒にあげられると思います。
 書き方がかなり不統一になっていますので、第1章などをもう少し合わせてみます。
続巻情報はこちらに移動しました 2000.5.31追加

 

index Home Link 簡易サイトマップ 掲示板入口 日々の日記

 前頁へ前頁へ