蛇杖の館 バラエティ1
♪ 女医のたしなみ ♪
外科は基本的に男性社会である。
私もついに観念せねばならない時がやってきたのである。
目立って浮かないように、まずはナチュラルメイクだ。口紅は控えめに。
イヤリングはやめて、外れにくいピアスにしよう。
スカートよりも動きやすくて中性的なパンツスタイルがいいんだろうなぁ。
研修初日に向けて私はない頭を絞って考え、その世界に飛び込んだ。
しかし現実はもっと厳しかったのだ!
「Donnaちゃん、ちょっとは化粧した方がいいんじゃない?
女性の化粧は男の髭剃りと同じで社会人のたしなみだよ・・・」
・・・って、だから先生ー!いつもしてますってばー!!
男性にとって化粧の定義はほぼ「口紅」だけに集約されるらしく、
私のはナチュラルメイクだということさえ気付かれなかったらしい。
わざわざ色を控えめになどど考えたあの悩ましい日々はなんだったのか?
私はこの日を境に化粧が、いや正確には口紅の色が濃くなった。
さらに、パンツスタイルで一生懸命仕事をしている私の横で、
大好きな先生が遠目がちにぼそっと呟く。
「いやぁ、やっぱ女医ってのは・・・見えるのも構わずミニスカートとかはいてさ、
懸命にベッドサイドで診療してるのがなんかこう・・・いいよね」
先生の視線の先にはフェロモン指数の高そうな、スカート姿の美人女医がいた。
ふーん、そうなのか・・・と私も遠い目をしながら妙に納得し、
「女の子服」を白衣の下に着てみることにしたのだった。
いいか悪いかは人それぞれのご判断に任せるとして、
とりあえず今は「女」を忘れることなく楽しく仕事が出来て満足である。
| 海外では「職場は男女混合の方が能率があがる」という研究報告があるとか。 医療現場も変わらず、異性の存在意識は大切ということでしょうか? 私もクマ作って目が充血して寝癖のついた当直明けの先生に、異性を感じてドキッとします♪ ↑変わった趣味だって言われる |
♪ 手術手抜きシリーズ ♪
学生実習で行った医局でのことである。
朝の打ち合わせをしてる先生方の後ろの本棚に何気なく目をやると、
なんと「手術手抜シリーズ」なる本が大量に置いてあるではないですか!
医学生の国家試験対策用には、
確かにとても口に出していえないようなとんでもない語呂合わせの本があったりするが・・・。
いや、気持ちはわかるがしかし・・・。そんな露骨な名前でいいのか?
「えーっ医者の世界にもこんな本があるんだぁ!」と妙に感動していたら、
近くに行って見てみると「手術手技シリーズ」だった・・・。
あとで医局の先生に打ち明けたら、やっぱり大爆笑になってしまった。
| ホントにあったら結構売れるかも、こういう名前の本。 |
♪ 白衣のポケットに ♪
私がケチ(特に食事と交通費に関して)ということは、
既にサイト各所に散らばるファイルを目にしてご存知の方も多いと思う。
白衣のポケットにはサイフを入れるとそのまま忘れて家に帰ってしまうこともあるので、
最小限の(500円くらい)お昼・ジュース代しか持ち歩いていない。
医局が食堂や売店から遠いので、朝ポケットにお金を入れ忘れると
売店の数少ないゴハンの争奪戦タイムに間に合わず、あえなく轟沈することも多い。
その日は当直明けに仕事が次々やってきて、ようやくお昼にしようと売店の近くまでやってきた。
「あっでも、お金足し忘れちゃった・・・そうだ、ジュースだけでも飲もう」
渇いた喉と疲れた身体をひきずって販売機の前まで来て、ポケットを探ると・・・。
出てきたのは10円玉8枚と、5円玉1枚。・・・あわせて、85円。
この冷たい運命にしばしボーゼンと手の中のコインを眺めるも、
何度数えても85円。
「あっちょっと済みませんね〜」とひょこひょこやってきた患者が、
目の前の販売機で2本3本とジュースを買って去っていく。
こんなに頑張って仕事してんのに、お昼どころかジュースさえも・・・!
このやり場のない虚しさは一体・・・。
| 自分よりも患者が元気だとなんだかやりきれない思いが・・・(泣)。 |
♪ 勝手に増やさないで ♪
下肢静脈瘤は、切除するべき下肢の青いニョロニョロを油性マジックで術前にマーキングする。
患者のフィリピーナ、リンダちゃん(仮名)は私の描いたマーキングには不満があるようだった。
彼女はもっと細いものも全部取って欲しいとなんだか怪しげな日本語でいう。
しかしむやみにとっても傷が多くなるだけで、若い女性に対してメリットは少ないことを説明し、
先に手術室へ向かった。
あとからリンダちゃんが入室し、麻酔がかかった彼女の足を見てびっくりした。
描いた憶えのないマーキングが増えている……。しかもボールペンである。
病棟の看護婦の話ではドクターが去ったあと、勝手に自分で描き足したそうである。
「もう・・・・」とため息をつきながら、とりあえずアルコール消毒を始めたら、
ボールペンで彼女が描き足したところだけがうまく消えてしまった。
やっぱり悪いことはできないものである。
| 下肢静脈瘤の手術はかなり原始的。 手術以外にも硬化剤や高張食塩水で血管を潰す方法もあります。 ワイヤーを血管内に通して血管ごと引っこ抜くストリッピング手術を初めて見た時は 「こんな乱暴でいいの?」となかなかショックでした。 メスを入れる限り傷は必ず残りますから、やはりしないで済む手術はしない方がいいですよね。 |
♪ はじめてアッぺ ♪
研修医の初めてのオペは、痔かヘルニアかアッペ(いわゆる盲腸)である。
私も御多分にもれず、初めてのオペは虫垂炎だった。
患者は20代の女の子で、「手術は怖いけど、痛くてもう我慢できないからやって下さい」
と涙をためて震えていた。
もちろん執刀医が初めてのオペだと感付かれるといろいろと問題があるので、
秘密のままオペ室へ入った。
恐れ多くも部長に前立ち(助手)をしてもらい、
はじめはうかつなことを口にしないよう気をつけていたのだが、
そのうち
「これはこうやればよろしいですか?」
とか
「えっと、どれがそうでしょう?」
なんて言葉が口をついて出てしまうようになった。
このころには、必死でオペを完結しようと一生懸命で、
患者の意識があることなんてすっかり忘れていた。
するとさっきまで腸をいじられて吐き気を訴えていた患者が、なんとなく静かになった。
「先生がはじめてのオペだったってわかったみたいで、あの子友達に話してましたよ」
病棟でナースに教えてもらってげっと思い本人に正直に暴露したら、
「先生、教えてもらいながら手術してたでしょ」と指摘された。
おかげで彼女は吐き気も忘れて、手術中にやにや笑って会話を聞いてたそうである。
| 簡単そうに見える手術も、スマートにこなすにはやはり経験を重ねなくては・・・。 本で見るのと、先輩がやってるのを見るのと、自分がやるのとでは全然違う! やってみて初めてそのムズカシさを実感するんですよね、こういうのって。 |
♪ 蛭との闘い ♪
昔っから、うっ血にはヒル治療がいいという民間療法がある。
これはきちんと医学的にも効用の認められた方法であって、
実際の医療現場でも「医療用ヒル」を使うことがある。
静脈からの血液の戻りが悪いことを「鬱血(うっけつ)している」と言うが、
この鬱血を防ぎたいような時に、ヒルを使う。
とはいっても、ヒルだってバカじゃあない。
彼らも生きるために血を吸うんだから、
鬱血してイキの悪いどす黒い血液よりは、イキのいい血液を吸いたがる。
で、彼らはほっておくといつのまにかモソモソと移動し、
本当に吸って欲しいイキの悪い場所より、心臓に近い新鮮な血液のある場所に移動する。
そこで、アルミホイルでヒルの部屋を作っておく。
強制的にソコしか吸えないようにするのだ。
それでも消毒の時にホイルを開けると、「あ゛っいない!!」ということがあって、
脱走したヒルは患者の肩に張り付いて血をめいっぱいに吸って、
10倍くらいに膨れて「ゲフッ、ご馳走さんです」状態であった・・・。
一度お腹いっぱい血を吸ったヒルは、しばらく使い物にならない(おそらく半年くらい)。
この役立たずが(怒)!!しかし・・・もしやこれも動物虐待?
| 保存のために休憩室の冷蔵庫にヒルが飼われているのを見た時はビックリしました。 いやぁ・・・医療って、本当に怖いですね。(水野晴●ふう) |