ノーマン・ロックウェル
Norman Rockwell(1894-1978)


わたしが持っているものといったら絵を描く能力くらいで、
それが自分の全てである以上、それを自分の生涯にしようとした。
私は描いて描いて、描きまくった。











「老船長」1922
ほの暗い光に浮かび上がるノスタルジー。
何故私たちはこの絵に懐かしさを感じるのだろう?
それは小さい頃、誰もが夢見た憧れ、
自由な心のはばたき、
そしてそれを年老いても失わずにいる
老船長の姿に心動かされるから・・・。
 7月4日、アメリカ合衆国独立記念日である。ゴールドラッシュ、南北戦争、大恐慌時代・・・ノーマン・ロックウェルはそんな自由と開拓、そして激動するアメリカの上流家庭に生まれた。「古き良きアメリカ」を代表する画家、ノーマン・ロックウェル・・・。

 彼はやせっぽちで内股の不恰好な子供だった。運動は苦手だったが、唯一(と本人は述べている)自分の能力だと感じた絵の能力を伸ばすために、彼は努力を惜しまなかった。
 裕福な家庭に生まれたといっても、美術学校の学費を無制限に親からもらっていたわけではない。ウェイターから大部屋役者まであらゆるアルバイトをこなしながら、彼は多くの良き指導者にめぐり会うことができた。解剖学を、情感表現を、そしてイラストレーションの”意味”を、ひとつひとつ吸収していった。

彼の指導者のひとりとなったフォガティーの言葉、
「絵に表現された作者の言葉・・・それがイラストレーションである」には、なるほどと大きくうなずいてしまう。ロックウェルの作品には、ひとつひとつにはっきりとしたテーマが見て取れるからである。


「THE RUNAWAY」1958
自分の悪ガキ時代を思い出して、
優しい眼差しで小さなお客を見つめるマスター。
ポリスは家出少年とわかっているのに、
わざと知らんぷりをして耳を傾けているんだ・・・。
酸いも辛いも知った大人だけにわかってしまう、
そんな悪戯ゴコロに魅了される一作品。



「サンタの旅行計画」1939
彼が最も多く残したモチーフ、サンタ。
子供の頃誰もが信じた、架空の人物でありながら、
今でもサンタは世界中のアイドルである。
それはプレゼントを持ってきてくれるからではなく、
「夢」を配ってくれるからなのだろう。
必死で道順を考えるサンタの姿は、
真っ白なカンバスを前に髪をもみくちゃにして悩む
ロックウェルの姿に重なる。

「BLANK CANVAS」1938




 誰でも一度は目にしたことがあるだろう「Saturday Evening Post」の作品は、40年にわたって続けられた。弱冠22歳から描き始められたこれらの作品のおかげで、Evening Postは廃刊を免れたと言われる。10代からイラストレーターとして仕事には恵まれていたロックウェルだが、この表紙の仕事を始めてからはさらにひっぱりだこの人気者となった。一方でロックウェル自身も自らを起用してくれたことを感謝し、他誌から高額の依頼があった時もこの仕事を手放すことはしなかった。


「4つの自由」1943
「言論の自由」「生きる権利」「信仰」「平和」。
どれがどれだか言わなくてもわかる。
パワーを感じるロックウェルのイラストレーション。
焼失してしまったのが本当に惜しい作品である。


 彼の絵にはいくつかのタイプがある。「老船長」や「トム・ソーヤーの冒険」の挿絵などに見られる物語絵、「BLANK CANVAS」や「コールド・ゲーム」のようなピリッとした風刺ふう、そして第2次世界大戦を経て、兵隊やボーイスカウト、平和をテーマにした作品が増えてくる。
 1943年に描かれた国連憲章4つの自由「言論の自由」「生きる権利」「信仰」「平和」は、彼が『何を描いて訴えようとしたのか』がじかに伝わってくる傑作であろう。晩年に向かい、彼の作品にはノスタルジーとはまた別の、永遠の自由もしくは前進・・・ともいうべきテーマが多く見られるようになる。アポロ宇宙船、大統領、平和部隊など、一見政治色が強いようだが,「人としての幸せ」を願うとき、そのテーマは避けられないものだったに違いない。
 古き良き過去への憧憬とはまた別に、前に進むために必要だったもの。現実を直視する目、である。






「ワンパク坊主」部分1921
思わずプッと噴出しそうになる、
愛嬌溢れる子供たちの表情。
豊かな表情を持つ彼の描く人物は、
子供に限らずとてもチャーミングである。



「婚姻届け」1955
他愛ない風景。くたびれた職員。
なのにこの世界に広がる、満ち足りた温かさ・・・。
ふんわりと日だまりのような光を放つ新妻の初々しさと、
大きな手で彼女を支える新郎の眼差し、
そして広がる未来を連想させる窓の明るさと若葉。
窓辺に置かれた一輪の花さえも、2人を祝福してくれている。




「連休疲れ」1930
一生懸命頑張ったお父さん、
久しぶりの旦那さんとのお出かけに満足のお母さん、
そしてはしゃぎ過ぎてすっかり熟睡のボク・・・。
どこの家族も貴重な連休には、
疲れるとわかってて出かけてしまう。
だってそこしか休みがないんだもの、ね。


 「超写実」と言われるロックウェルのイラストは、ただ人物を描き写すだけのものではなかった。人の骨格や筋肉、果ては顔の表情筋にいたるまで、解剖学に精通していたことは、彼の絵を見るだけでよくわかる。しかし彼にとっては関節の角度から皮膚のしわ、顔のほてり、そして周囲に無造作にばら撒かれた小道具までもが、登場人物たちのおかれた状況や豊かな感情の動きを訴える手段であった。雑多なようでいて、実はすべて必要不可欠な小物で画面が埋め尽くされているのだ。


「コールド・ゲーム」1949
やる気満々の審判を尻目に、試合は雨でお流れ。
選手ではなく審判達が3人揃って
情けない表情でボーゼンとする姿に、
見てる私たちはちょっぴり温かな苦笑をもらす。




「息子の旅立ち」1954
内股でうずうずと背すじを伸ばすピカピカの靴を履いた息子と、
はきこなれた裾の汚れたズボンをはいた父親との対比は、
彼の絵に共通するあたたかいペーソスで貫かれる。

「あぁそうだ・・・きっと送り出す方も送り出される方もこんな・・・」

それを感じ取れる観客も、いつかどこかで
登場人物と同じ気持ちを味わっているはずだ。
 彼が描いたのは、アメリカの夢であり、アメリカの悩みであった。ペーソスとウィット・・・人間の弱い部分を引き出し、隠れた情景を想像させる。そして誰でもどこかにしまっている、幼いころの純粋な心と夢を刺激して心地よい温かさが伝わるから、皆が彼の作品に心を寄せたのだ。

 人間の弱さを描き笑いを導き出しながらも、必ずいとおしいノスタルジーを感じさせてくれる。そして古き良きアメリカだけでなく、これからのアメリカをも考えさせてくれる。そんな力を持つイラストレーションを生み出せたのは、とことん人間を愛し見つめ続けた、ノーマン・ロックウェルだったからなのだろう。


「やどり木の下で」1924
連れ添う、ということはこういうことなのだ。
何十年の歳月を一緒に歩んできた2人。
ロックウェルの観察眼には敬服する思いだ。



「Saying Grace」1951
雨降りの小汚い街のレストランで、お祈りを捧げる子供と老女。
日常のざわめきの中で、お祈りなんか忘れている周囲の客に紛れ、
そこは無言の光に満ち、感謝で心が充足された人間はこんなにもたおやかに存在できる。
「Saying Grace」、食前の祈り。

参考文献:Norman Rockwell (PARCO出版)
Norman Rockwell POST CARD COLLECTION(graphic station)

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