オディロン・ルドン
Odilon Redon(1840-1916)


私の描いた例の哀しい顔は、この故郷で得たものだ。
あれは眼で見たものを描いたのだから、

子供の眼で見て、私の魂の奥の共鳴りの中に保存されてきたものだから。

To know more about REDON.....「ルドンの馬車」 by yuuichik.







「キュクロプス」1895-1900
神話に登場する醜悪な一つ目の巨人族キュクロプス、
彼が美しいガラテイアに恋をした。
届かない想いに、岩陰から哀しみの視線をなげかける巨人。
グロテスクなテーマとはうらはらに、巨人の大きな隻眼からは
小さな切ない恋心が透けて見えるようである。
もどかしさを象徴するかのようなブルーグレイの空を背負い、
彼は何をもの想うのだろう?


「眼は奇妙な気球のように無限に向かう」1882
目玉はルドンにとってイメージの源泉、
そして意識の象徴である。
大きな目玉は脳髄の箱であるヒトの頭部を、
空高くへと運んでゆく。
現実ではなく、心の深淵を覗きこんだ時、
人はどこまでも想像の翼を広げてゆくのだ。


 ルドンは母に捨てられた子供だった。兄を偏愛していた彼の母親は生まれてすぐにルドンをペイルルバード・・・彼の心の故郷・・・へと里子に出し、彼は幼少期をそこで独りぼっちで過ごしたのである。荒涼とした風景の広がるその場所で、母に捨てられたという現実から目をそらし、自らの内部へとその視線を向けたルドンは、心の中に潜む闇・醜悪・幻想に小さな頃から気付いていた。

 15の時から生地ボルドーの画家・ゴランに自由に描くことを教えられたルドンは、そののち高名なジェロームのアトリエに入っても、そのアカデミズムになじむことができず、すぐに飛び出してしまう。彼はほとんど自分の世界の中だけで絵を描き続けた




「子供の顔をした花」1885
心の荒野に咲く花。
きっとそれはルドン自身。
愛情も、ぬくもりも、
当たり前のようにあるはずのものが、
なければ殻を閉じることで、
自らを守るのだろう。
 はじめルドンは自らが「最も本質的な色だ」と述べている黒・・・木炭やリトグラフといったモノクロームの世界に生きていた。それが一転パステルの艶やかな世界に変わったのは、結婚の年(1880年)、初めてパステルの作品を描いてからのことである。それまで自分の、自分だけの世界に生きていたルドンにとって、「帰る場所がある」ということが、心の転機になったのかもしれない。翌年に開かれた個展で、まず若い画家や文学者からの注目を受けるようになる。

 初期のモノクロの世界でも、フロベール「アントワーヌの誘惑」の挿絵など、数多くの文学によせる作品を描いているが、恐ろしいほどに彼の翼は自由にはばたく。エヌキャンは「ボードレールと同様、ルドン氏は、 新たなる戦慄を創造したというすばらしい賞賛に値する」との賞賛を贈っている。
 彼やユイスマンス、マラルメといった文学者が、彼の才能に早くから注目していたのは、お互いに刺激しあう、同じ世界に住む異なった表現手段を持つ理解者だったからであろう。


左上「夢のなかでわたしは空に神秘な顔を見た」
(ゴヤ賛)1885
頭を持たない眼が、軟体動物のように漂っていた」
「彼はまっさかさまに、深淵へおちてゆく」
(以上2点・聖アントワーヌの誘惑)1896
それぞれ文学へ寄せたリトグラフの作品である。






「イエスのみこころ」1895
目を閉じたイエスは、人間の悲しい部分を知っている。
見ていられなくなり、目を伏せている。
人の痛みのわかるものには、人の残酷さもわかるのだろう。
痛みのわからないものは、自分の残酷さに気付くこともない。

ルドンは傷ついた心に自分が侵されないように、
その目を内面へ向けた。
閉じた目は心の内面へと向かう。







「聖セバスチャン」1910
臆せず信仰を守り抜いたため、
射殺刑に処されたローマ将校の聖人。
いくつもの矢が彼の身体を貫き、背後の木へと磔にする。
木は天へと枝を伸ばし、彼の御霊(みたま)を空へ導くかのようだ。
顔を垂らした淡い身体は既に空虚で、
魂は木と足もとの巨大な花に、移しとられているように見える。


 周りとの関係をなかなか確立できなかったルドンは、学校でも家でも、自分の中に閉じこもることでかろうじて生きていた。自分自身の想像で、孤独な心を培わなければ生きていけなかった。枯渇した心は、想像という自ら作り出した養分なしには、その存在さえ保つことが出来ないのである。
 この想像の翼は絵という表現の場を得て、ようやく外へ飛び出すことが出来た。彼の手を通して現れる有形無形の色の奔流は、彼の心の世界に見える紛れもない現実の風景なのだ。


「アラブの楽人」1893
遠く熱き砂の地の楽器の音は、
孤高の空に響き渡る。
色鮮やかに広がるオリエントの空は、
彼の地の楽人の崇高なる精神性を思わせる。




「青い花瓶のアネモネとリラ」1912以降
ルドンの目から入った花の姿は、
彼の手から再生されるとき、
既にただの静物ではなくなっている。
まるで媚態をつく生物のように、
花は自ら意識を持って香り立つ。
妖艶な花の魔力に、思わず心奪われる。




「アポロンの馬車と竜」1910
同時期の画家の多くが現実主義であったのに対し、
象徴主義と呼ばれたルドンは
神話や救世主をテーマとして描いている。
中でもアポロンの馬車は好んで繰り返し描かれている。
「火」「夜明け」「燃え盛る炎」「炎」の4頭だての馬車は、
太陽神だけがその激しさを御することができる。
「ペガサス」と同じく駿馬の他を寄せ付けぬ力強さは、
ルドンにとって憧れであったのだ。


 彼の絵はパステルが多用される(もちろん油絵も多く残されているが)。鮮やかで繊細な色の粒子、画面につつましく煌く上質なビロードのような効果、重なり合う色の饗宴、そして衝撃的な隣り合う色と色の生み出す魔力。線と色のつぶやきがかさねられて創り上げられた不意の一撃は、いとも簡単に楯を破り、見るものの心に一瞬で優しいダメージを与える。そしてその傷口から甘美な色彩の奔流が流れ込んでくる。それは、避けようとして避けられるものではないのだ。それはまるで水滴に輝く白い蜘蛛の巣に引き寄せられるかのように、私たちを誘惑し痺れさせる。イソップの「北風と太陽」のように、私たちの心の扉を開くのは「力」ばかりではない。







「ペガサス」1905
猛々しく宙をかき、翼をはためかせる駿馬は、
周囲に混沌とした輝きと苔むして湿った大気をまとい、
見事な古代の神話の世界を再現している。
「強さ」の象徴でもあるペガサスの
神々しいまでに力強いその姿は、
彼の焦がれてやまない「強さ」だったに違いない。
何度も何度も、描かずにいられなかったほどに。





「夜」部分 1910-11
得体の知れぬ存在が、人知れず宙を飛び交う夜。
幻想画家ルドンの想像の翼は、
目に見えぬ存在をも見えるようにしてしまう。
だが彼の目には確かにこれらがうつっているのだ。

色彩の蠢き、調和、
尽きることのない想像の世界。


「レオナルド・ダ・ヴィンチ頌」 1914
ダ・ヴィンチ「聖アンナと聖母子」へのオマージュ・・・と呼ぶには、
あまりに鮮やかで幻想的な色彩の深遠さに失礼だろうか。
ルドンの色彩に見る夢は、
流れ出る想いの奔流でいっぱいに彩られている。
 彼が49の時に授かった次男のアリは(長男は幼い頃に亡くなっている)、初めて手に抱いて感じ得る自分の「血」でもあった。晩年の彼の支えであり、息子を何枚もの絵に残している。過去の自分が重なるのか、多くのアリの肖像では、その目は焦点を合わすことなくぼんやりと描かれている。

 晩年、画家として大きな成功をおさめたルドンは、世界大戦の前線にいるこの最愛の息子の消息を訪ね歩くうちに身体をこわし、カミーユ夫人にみとられて76歳の人生を閉じた。


 ルドンの作品に現れる目は、いつも宙をうつろっている。彼の描く目が閉じていることさえ多いのは、その目が外界ではなく、自分の内部に、心に、向けられているからなのであろう。
 そう、ルドンの絵は、いつも謎かけである。

 そしていつも答えは出ずに、私は自分の中に迷い込むのである。両目を閉じ、心を解き放って・・・。


「オルフェウス」1913以降
比類なき竪琴の名手オルフェウスは、死んだ妻を冥界へ迎えに行くが、
途中うしろを振り向かぬ約束を破り、妻は再び還らぬ人となってしまう。
悲嘆にくれて他の女に見向きもせず、彼は狂信女らに八つ裂きにされてしまう。
しかし彼にとってはそれさえも悲劇ではないのかもしれない。
愛する妻なくしては、歌も歌えず、幸せもないのだから・・・。
神秘の山のふもとで、彼は目を閉じ、幸福だった記憶の世界にまどろむ。


「オルフェウスの死」1905-10頃
永遠の夢に沈むオルフェウスからは、一羽の鳥が今、生まれようとしている。
「安息」という新しいいのちを象徴しているのだろうか。
竪琴と一体化したオルフェウスの首。
目をおおう惨劇のはずが、何故か限りなく美しく、心安らぐ。



参考文献:ルドン(集英社・現代世界の美術)
週刊美術館「ルドン/モロー」(小学館)
音楽:GarageBand Users Club/yuuichikさんより「ルドンの馬車」

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