グスタフ・クリムト
Gustav Klimt(1862-1918)


私の自画像はない。
絵の対象としては自分自身に興味がない。
むしろ他人、特に女性、そして他の色々な現象に興味が有るのだ。








「ダナエ」1907-08
黄金の雨に姿を変えたゼウスは幽閉されたダナエを訪れる。
身をふるわせるエクスタシーを優美に表現した作品である。
ゆたかな顔の表情は、数多くの女性像の中でも絶妙にして秀逸。
個人的に大好きな絵のひとつ。



「医学」習作1897-98

 前世紀末のウィーンで新しい芸術の波を先導し、多くの非難や中傷を受けながらも、みずからの表現を追求し続けたクリムト。時代の反感をかいながらも、徐々に彼の作品はみるものを虜にし、現在に至っては最も人気のある画家のひとりになっている。

 芸術的感性の豊かな一家に育った長男・クリムトは、美術学校時代から肖像画をかいては、貧しい家計を助けていた。生きる糧として絵を描いていたクリムトは、卒後仲間や弟エルンストとともに「芸術家カンパニー」を設立し好評を得ていたのだが、弟エルンストが若くして亡くなったことを期に、この会社は解散していた。
 師・ラウフベルガーから学んだ伝統的画法によって、権威の寵をいただいていたクリムトだが、自分の「表現の手段として」絵を描くきっかけとなったのが、ウィーン大学の天井画「医学」「法学」「哲学」の依頼であった。



「医学」1899-07
天高く人間を連れ去らんとする死神と、
地に足をつき、毅然とした態度で
正面を見据える「医学」の寓意。

巻き上がる人間の勢いは、
医学たりとも全ての人間を
救うことは出来ないという
真理を暗示しているようでもある。

それでも信念を持ち続けて立ち向かうのが、
医学の象徴・蛇を腕にからませた寓意の姿か。
1945年に焼失(カラー作品)。







「パラス・アテネ」1898
アテネは学芸と智恵、正義の戦いの女神。
神聖で汚れなき崇高な存在と言うよりも、
自らの判断を疑うことのない、
自信と狂気をはらんだ表情で描かれている。
ある意味、神とはそういう存在かもしれない。
勝利の女神ニケ、左腕のフクロウ、
それらの存在を気押すほどの圧倒的なパワー。


 それまでの伝統から逸脱した天井画は、教授たちからの総反対をくう。彼の作品は教授たちが望む威厳に満ちた学問とは、かけ離れた存在であったからだ。弟エルンストの死が、彼の表現になんらかの影響を及ぼしたのかもしれない。
 この事件により、彼は国家というパトロンを諦める決心をする。「分離派」と呼ばれる反体制的芸術家集団の会長に就任し、それまでになかった新しい画風をつくりあげていく。そして同じような意欲を抱いた若き画家たちに、援助することを惜しまなかった。

 「死」と「エロス」を敏感に感じ取っていた若きエゴン・シーレは、彼の見出した才能の一人である。クリムトとシーレに共通するのは、かたちは違えど「死=タナトス」の香り。そして素描を見るとわかるが、人の身体を描く輪郭線が、シンプルなのに驚くほどよく肉感を捉えていることである(機会があれば是非較べて見て欲しい)。



「希望U」1907-08
うつむいた女性が、あらたなるいのちの誕生を祈る。
当時のタブーであった妊婦を題材とした作品。
膨らんだ腹の向こうに見えるのは髑髏だろうか、
「生」と「死」は、いつも隣り合わせに在る。


 当時の絵の題材のタブーである裸体、そして妊婦、性描写・・・エロティックでスキャンダラスな彼の画風は当時ごうごうたる非難を浴びる。その非難は人々の心の奥底に眠る欲望と真実を、あっさりと描きぬいた彼の才能と勇気に、すぐ素直に理解を示すだけの自由な、社会的背景がなかったからに他ならないであろう。

 その絢爛たる装飾的手法と、一方で飾ることを知らぬ無垢で瑞々しい感性は、時代の流れに敏感な人々の間で次第に好評を得るようになる。そしてついに傑作「接吻」に至っては、国家をも彼の芸術に降参させたのである。








「接吻」1907-08
発表と同時に政府に買い取られた、彼の代表作。
崩れ落ちる宝石のようなあやうい足もとと、
まばゆい黄金の光につつまれた恍惚の表情。
「愛」は「死」と共に在り、隣り合うことで輝きを増す。

私にとってクリムトという画家を意識する、
きっかけになった作品である。








「接吻」部分
手の表情、肩のすくませ方、身をまかせる女性の顔。
線や色のひとつひとつに
画家の「表現」がやどる。

 生涯を通じて結婚することなく恋人として愛情を注いだのが、当時の社会では新進的な女性ブティック経営者であったエミーリエ。彼女は夭折した弟エルンストの妻の妹であった。他の女性や絵のモデルたちとの関係も多かったと言われるクリムトだが、彼女とは必ず夏にアッター湖畔でのんびりと過ごし、自由な関係を保ちながらも信頼しあっていたことをうかがわせる。
 アッター湖畔では安らぎに満ちた日々を送ったクリムトだが、ひとたび家に戻ると、驚くほど精力的に創作意欲を燃やしたという。

 この時期からは同時に「黄金の時代」でもあり、上の「接吻」をはじめ、金箔を多用した絢爛かつ官能的な生涯の傑作を多く生み出している。





「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像T」1907
「黄金の時代」に描かれた肖像画の傑作のひとつで、
エジプトや日本の装飾様式が見事な効果を生み出している。
彼女はクリムトの恋人のひとりだったと言われるが、
ユディトにはその面影に通じるものを感じさせる。



「水辺の城館」1908-09、「アッター湖の島」1901、「白樺の林」1903
エミーリエとの避暑を過ごしたアッター湖畔の風景。
彼の風景画は、それ以外の作品とは全く違う趣を見せる。
生涯の恋人エミーリエとは、むしろプラトニックであったと言うが、
ここで描くのは「輝くばかりの愛」ではなく、 「心の安息」なのであろう。

「ユディトI」1901
”いまだ恍惚の・・・(中略)憂国の烈女の面影はない。
(中略)男たちはここでは、
自分もやがては老醜の身をさらすことなど思いもしない

傲慢な、しかし抗いがたい魅力を秘めた
女の戦利品にすぎないのである”
(「クリムト:世紀末の美」より引用)

ユディトは敵将の寝首をかく、伝説のファム・ファタル。
手に抱いているのはその生首。
紅潮した頬は、最大の目的をまんまと遂げた
自らに対する陶酔感のあらわれでだろうか。
首から肩に巻かれた装飾品は
恍惚の世界へと人物を磔けにする、甘美な鎖。





「水蛇U」1904-07
血管が透けて見えるかと思うほどの透明感あふれる肌、
触れたら隆起を感じるかのような滑らかな肋骨の陰影。
クリムトの描く女性には、血液のかようあたたかさと肉感を感じる。
レズビアンを題材としているといわれる作品。
こぼれんばかりの豊かな情感は、永遠に女性だけのものなのかもしれない。





「音楽T」1895
反体制を畏れずに活動したクリムトだが、
彼自身は生きているうちから才能を認められた
幸福な画家のひとりであったろう。
階級の高い人々との交友、
経済的に恵まれていた環境は、
彼の作品に豊かさのエッセンスを加えている。

爪弾く音色に奏者は耳を傾け、
楽器は彼女の心の増幅器となる。
流れ出る響きは星となり花となり、
空気を震わせながら
聞き手の心に流れ込む。
 彼の絵を語るとき、「エロス」という言葉が必ずついてまわる。甘美で妖艶な色彩と表情、多用されたファム・ファタル(宿命の女)のテーマ、なまなましい人間の肌・・・確かに凝縮された言葉として「エロス」は的確かもしれない。しかしその言葉が与える印象だけでは、クリムトの描いた世界を充分に味わい尽くすことはできないだろう。

 卑しい職業とされたモデルたちにも、友人と同じように接していたというクリムト。余計なことは口にせず寡黙な、それでいてひとたび制作に入るととてつもなくエネルギッシュであったというクリムト・・・。登場人物の恍惚の表情やなげかける視線には、人間を、特に女性の「ゆたかさ」を愛してやまない画家の繊細で暖かいまなざしが感じられるのである。

 彼の作品の根底に流れるのは「Liebe」・・・私はそう思っている。




「Liebe」1895
「生」と「死」の輪廻、そして「愛」。
クリムトが生涯追い続けたテーマが凝縮されている。
死と隣り合わせに生きているからこそ、
命を燃やして愛することができる。

参考文献:グスタフ・クリムト(TASCHEN)
クリムト・世紀末の美(講談社文庫)

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