12月
’11〜’12 冬
長時間手術はタイムトライアル。
術後の患者さんの合併症を減らすには、それがひとつの方法だから。
無駄なことしない。でも正確に確実に操作を進める。
だから術中って、凄い勢いで頭を使いまくる。
最短距離でゴールにたどり着くための、あらゆる策を講じるから。
答えのないものであっても、迷路に迷いこんでる場合じゃないから。
経験したそのものしか理解できない。
それ以外の世界があることを知らずに自分の中で完結する。
そういう狭量な人が多すぎる。
ひとつの経験を知っていると、それ以外の似たものも容易に理解できる。
そういう人の世界は何倍も広くなる。
それをひらけている、というのだろう。
寒くなって急に食が細くなり、足指も冷たく、どんどん痩せてしまったフェイ。
風邪をひいてるわけでもなく、そういえばもうだいぶ歳なんだよなと思っていたら、
ある日止まり木までカゴをよじ登ることが出来なくなっているのを見つけ、保温した段ボール箱の中に、餌と水を置いて仕事に出た。
夜遅くに帰ってきたら、フェイはひっくり返って首を伸ばし、ようやく息をしている状態だった。
餌を口に入れても吐き出してしまう身体。それは、今にも神様のもとへ旅立とうとしている証拠だ。
あたしには、見守るしかもう出来ることがなかった。
ゆっくりと、呼吸と呼吸の間が伸びて、
まばたきもせず見開かれていた黒い大きな瞳は、さいごの時にはそっと閉じられた。
フェイ、頑張ったな。でも辛かったね。
何年も前から、何にストレスを感じてか、自己抜毛を始めて体力が落ちていたフェイ。
もともとアルビノは身体が弱いことに加えて、心もひどくか細い子で、いつ死んだとしてもおかしくないと思っていた。
でも、こんなに急にそれが訪れるなんて。
もしかしたら、
フェイはうちに来なかった方がしあわせだったんじゃないか。
無数の仲間の中で誰かに注目されることなく、生涯を流されるままに生きた方が・・・
そう考えずにはいられないほどに、最近は楽しそうな姿を見ること少なく天国に昇ったフェイ。
せめて、いちばんしあわせだった時期を一緒に過ごした、タケの隣りにうめてあげたい。
あたしは生まれつき、周りのものに感化されやすい体質と共存している。
例えるなら、アンテナを剥き出しのまま、中にしまうことのできない人間なのだろう。
だから感化されたくない要素をもつものは、身の回りに置かないようにしている。
物でも、人間でも。
ふつうは成長するにしたがい、そういうものが近くにあっても動じなくなる術を、
自分自身を曖昧に誤魔化し、妥協を憶えていくのだろうけど、
アンテナをしまえないあたしは、同時に自分がそうなることも本能的に嫌悪している。
自分が自分でなくなった時、あたしはその存在価値を失うからだ。あたしのアイデンティティは自我にあるから。
だから、流されていやな自分に変わっていくくらいなら、ひとりで構わないと思える。
皆が思うほど、それは辛い孤独ではない。純度を高めるために、選んだ孤独だから、本人はそれを楽しんでいる。
でも、その考え方を理解できる人は、思った以上に少ない気がする。
それでもあの人のように、
口にしたことが次々と、「あっ俺もそう」「あっあたしもそれ好き」って同じ感覚を共有できる相手に巡り合うと、
諦めずに探し続けることって意味があるんだな、って嬉しくなる。
よい習慣づけは、健康で有意義な人生に大きく貢献する。
そしてそれを身につけさせるのは、家庭の役割である。
帰ったら手を洗う。朝のおトイレ。洗濯物はかごの中。
規則正しく食事をとる。家族揃って過ごす時間をもつことで、愛されている実感とコミュニケーションの基礎を体得する。
こんなあったり前のことが、どんどんされなくなってゆく。
だってゴハンは各自、用がなければ(いやあっても)自室でゲームやインターネット。
タバコを吸う人たちが、やめてはじめて食べ物の繊細な美味しさに気付くように、
そういう世界を離れたらはじめて、当たり前の生活習慣の大切さに気付くのかもしれない。
何年間が空いたって、
気の置けない仲間との時間って、あっという間にその頃に戻る。
見えなかったその十数年は、想像力が繋いでくれる。
よく知ったその人ならではの行動を、自然に補ってくれる。
表現形が一緒でも、
その起源は別の派生をしていることもある。
あたしは避け得ない体質でそうなってるけど、あなたは好奇心と意志で自ら望んでそうしてる。
星の数ほどいる人それぞれ、みんな違うDNAから成り立ってるのに、同じ形になることがあるなんて不思議だな。
ひとりよりも二人でいることで、もっと自分らしくいられるなんて思いも寄らなかった。
理解してもらえてる安心感がそうさせているのだろう。
元来人見知りなあたしが、そのまんまの自分を飾らずに、甘えることが出来るのだろう。
傷付くことを恐れていたら、ほんものの恋はできないと思う。
そうなってもかまわないと身を委ね扉を開くことで、相手も無防備な素で応じてくれるのだと思う。
長く恋愛から遠ざかっていると、自然に憶えるその感覚を、つい忘れてしまうことがある。
なぜ12月はこう忙しいのだろう。
”師走”と名付けられたその昔から、年の暮は忙しい季節であることに変わりないのだろう。
いくつかの約束は年内に果たされ、あかないスケジュールに押し出された約束は来年に繰り越される。
それでも実現した再会、出会い、変化。
こうやって少しずつでいいから、日々のページに深みと厚みが加わればいいなと思う。
昔より、今この一瞬に。
2012年1月
ボーとなり続ける、汽笛の音とともに年が明ける。
開けていきなり、仕事始だが、だから今年は家族が東京に集まった。
午後からは待ちかねてた親のお守がてらに初詣。
いっしょにいると1日3食、ばくばく食べるから身体が重い・・・。
上手く行く事ははじめっから怖いくらいスムーズに運ぶ、とあなたが言ったみたいに、
晴れた空のもと鳥居をくぐり、湯気の中で料理を奏で、溶けいるような冬の澄んだイルミネーションを見・・・
まるでそれが予定調和だったかのように、滴は静かに螺旋階段をころがり落ちてゆく。
永遠に深く続く、2本の絡み合う螺旋。
きっと互いにそうなると分かっていた通り、
もどかしかった想いが溶かされていく。
これからも、もっと。
ちょっと風邪気味の時に飲むブレンディッド・ハーブティー。
なんだか寝惚けた五感が目覚める感じがする。
身体あっためて、免疫力高めて、引き始めの風邪なんて撃退しちゃう。
インディアンもケルトの民も、あたしたち日本人も。
医食同源はどの地域でも、古くからあるものだ。
10年後も20年後も、あなたに恋をしていたいと思う。
そして、それが当たり前の未来に思えてしまう。
ぶれのない強さと、それをやわらかくオブラートするやさしさが、あたしをひとりの女のままでいさせてくれるから。
ほかの誰にも見せられない素の自分のままで、
同じようにあなたもそんなあたしにずっと恋をしてくれたらいいなと思う。
たとえば一角獣だったら、地球上に同じ種族が存在するとは限らない。
しかたなしに、淋しさのあまり見目形の似た動物たちに試しに寄り添ってみても、何か違和感を感じて離れてしまう。
そうして、だだっ広い草原にいつものように独りたたずんでいると、
どこからか馴染みのある啼き声が聞こえて、
互いに呼び合っているうちに、突然出会う2匹の一角獣。
はじめて見る仲間の姿にぎこちなく近寄って行ったとしても、
触れ合ってしまえば、あっという間に化学反応が起こる。
性が異なれば、それは恋だ。
数の多い他の種族には分かるまい。ひとり異質である淋しさも、こんな始まりの恋があることも。
あたしたちは、離れたらもう二度と、仲間に出会えない稀な種族だ。
寒い朝、仕事を終えて駐車場に向かうと、
白黒の身体で尻尾を上下に振る、2羽のハクセキレイがまだ斜めの陽の光の中を歩いていた。
つがいなのか、後から追ってる雄が何か一生懸命、雌にアピールしているのが分かり、
思わず肩をすくめながら、ふふっと笑ってしまう。
地球上どこもかしこも、今この時にたくさんの恋が生まれてる。
そんな他愛ないことが、どうしてこんなにほほえましく見えるんだろう。
生まれたことや自分を取り巻く人やものに感謝の気持ちがあったら、
そんな不健全な生活を続けるだろうか。
多少なりとも、努力をする姿が見えるものではなかろうか。
自分をよりよくする努力とは、
つまりは身近にいる人々に、より快適になってもらうことではないだろうか。
男の同僚に、どうして結婚決めたの?ときいてみた。
ひとりは「一種のトランス状態ですね」と。自分が何をやっているか分からないうちに結婚してしまったんだって。
もう一人は、僕も会って2週間で結婚を決めました、と。
実に納得のいく話だ。
たぶん神様のもとでひとつの心と体だったものが、2つに分けられてこの世に生まれてきて、
それが出会ってしまったから、もう離れられないんだろうって分かるんだ。
「この人に会うために今まで生きてきたんだって感じだよ」と同僚に言ったら、
「素面でそれを言ってる人を見たのは初めてです」だって。
ハイスピードに慣れると、普通のスピードになった時に余裕が生まれる。
そこに高度な知的探求を行う精神のゆとりが生まれる。
ハイスピードで運航している間は、それはそれで、必要なものだけが浮き上がって見える。
いつもと歩みの早さを変えるだけで、入力情報が変化する。
知っててそれを利用できるかどうかで、成長の度合いも変わってくる。
ひとには理解されないんだ、と気付いた時にあたしはもうひとりの自分との対話に向かい、
あなたは、文字を通じた歴史上の人物や作家との対話に向かった。
だから別に孤独ではなかったよ、と笑う。
その強さ、前に啓けた精神に、あたしは今救われている。
同じものを食べて過ごしてたのに、向こうは腸炎になり、あたしは変わらず増幅した食欲に手を焼いている。
振り回して、疲れがたまっちゃったのかな?
「また〜あ先生、相手は”人間”なんですから・・・手加減しないと」って、じゃああたしは一体なんなのよ。
たしかに中学時代、サイボーグって呼ばれてたけどさ。
2月
からだにいいこと。
背伸びをすること。
あたためて血の巡りをよくすること、リンパを流すこと。
姿勢を保つ筋肉を鍛えること。
バランス良く、多くの食材を適量とること。
そうやって自分の体と対話して、自分の体をよく知ること。
ううん、考えることは余計なことじゃない。
また迷ったり、不安になったり、
そうした時のための処方箋のようなもの。
今考えたことを頭の隅っこにしまっておいたら、また必要な時に役にたつ。
どんなにしあわせでも、きっとまた考え込んでしまう。
だから、自分なりの答えを出しておくことは大事。
それが、小さい頃から試行錯誤を繰り返して手に入れた、厄介な自分自身との付き合い方だから。
極度の緊張が続く状態が心地よいようにトレーニングされている人間て、
実は稀な部類なんだなと近頃思う。
周り皆が似たようなタイプだからか、みんなそんなもののように錯覚してた。
麻薬みたいに、どんどんその強さがあがっていく。
その欲求は、ある意味人間の生まれ持った本能だとも思うのだけれど。
世の中にはベストな組み合わせがいくつもあるけど、
”青空とチェロの音色”はそのひとつに違いない。
首都高から見える一面の青空と、懐の深い響きが後を引いていく弦の音色。
それよりもさらに似合うものなんてある?と思わずにいられないほど、
今日の気持ちをまっさらに漱いでくれる。
そんなに泣きそうなほどに、感謝してもらわなくても大丈夫だよ。
ちゃんとわかってるから。そう思ってること、あたしたちみんなわかってる。
だから形にしようなんて思わなくていいんだよ。
そう思われてることで、十分なんだからさ。
一緒に生きていきたいな、と思った瞬間から、
いろんなことが180度変わって行く。
夜ゆっくり話せるようにお風呂に入る時間が早めになったし、
居眠り運転しないように睡眠をしっかりとるようになった。
互いに長く健康に過ごせるよう、体内年齢を競争して身体を整え、
1年間悩んで出物があり次第スポーツカーを買う気満々だったのが、いつの間にかファミリーカーを検討する始末。
荷物を整理し、服もお互い心地いいスタイルに調整中。
そして身辺も整理・・・?
一家に一台・・・いや一体、どうかなぁ。
基本初期設定は知能4(5段階)、料理2(5段階)、運動3(5段階)、エロス4(なぜかこれだけ10段階)になってます。
お好みの設定を学んで経験値によりレベルが増えていく、学習機能もオプションで入れました。
仮想バイオリズムに基き各設定値が変化する、ランダムモード機能もついてます。
ウイルス感染はほとんどありませんが、外観はそれなりの経年変化を致します。
割とどこでも寝られます。腹は八分目の方が調子がよいようです。
あたしがサイボーグだとして、売り込み文句はそんなとこか。
土台が狭いところから伸びていくには、生える足場が限られていて、方向も真上にしかいけないけど、
広い土地から成長するには、どこから伸びても構わないし、曲がったって近くの下生えに支えられて容易に倒れない。
経験の狭く深いものと、広く浅いものとの成長の違い。
狭いところから伸びるなら、ルールに則って曲がることなく直進していく押しの強さが必要。
早く高いところに辿り着こうとすると、必然的にそうなるのかもしれない。
時に強引に見えても、頭が固く見えても、それしか方法がないのかもしれない。
ミニマリストって不要なものは削ぎ落としていこうよってだけで、”必要十分”のうち”必要”まで削っちゃったら話になんないわけ。
すなわち自分になにが必要か、何があれば十分かってことが理解できてて、自分なりの価値判断基準がないとなれないんだよね。
それで最近、ミニマリストといい手術の執刀って、似てるところがたくさんあるなって思うんだよね。
疑われて見られるようなことを過去にしてしまった人も悪いと思うけど、
そういう目でしかその人を見ようとしない人も、悪いような気がする。
その2人でどっちかが正しい、という答えを出そうとする限り、揉め事は収まらないよね。
お互い譲り合わなかったら、解決には至らないよね。