旗艦エンデュミオン──スローターハウス作戦。
 第七近衛艦隊と合流し、キースはそのままジルベスター7へ転進する。
 人質のシロエはといえば、言いつけどおりマツカの手により縛られ、猿轡を噛まされて小型雷撃艇の機関室に転がされていたところを、そのままエンデュミオンの一室に移されて、監禁されている。シロエには、外部の様子を知るすべがない。
 自分がどうなってしまったのか──惑星ナスカに、恐ろしい運命が降りかかる。そのことだけは分かっているのに、仲間に伝えるすべがない。
 シロエはどうにか身体を起こし、出入り口と思しい扉の前へにじり寄る。
 縛られた手首が痛む。けれど、仲間たちがこれから味わう痛みに比べたら、そんなものは物の数ではない。

(ジョミー……!)

 閉ざされた扉に額を押し付ける、シロエの目から涙がこぼれおちた。


「全ては偉大なる我らの母、グランドマザーの導きのままに!」

 オペレーション・スローターハウス。

「発動──!」


 高まっていく巨大なエネルギー。シロエの身体を痛みが貫く。
 血の涙を流して死んだカリナ。シロエは彼女の最後を看取りはしなかったが、最後のサイオンを感じ取ることは出来た。カリナのサイオンは、シロエのものに限りなく似ていた……強い感情の発露。自分自身を焼き尽くさずにはいられない、強い輝き。それは多分に自己破壊的でもある。
 シロエの身体から、ふわりと黄金色のサイオンが立ち上った……

(停船しろ、シロエ──!)

 シロエの意識はそのときには完全に朦朧としていた。小型の練習艇は、シロエが搭乗すると自動的に発進した。
 サイオンを放出し続ける、もともと丈夫とは言いがたいシロエの身体には相当な負担が掛かっている。ESPチェックを受けた精神はもはや崩壊寸前で、本能のみでシロエは行動していた。
 キース・アニアン──
 機械の申し子。イライザの寵愛するキース。四つ年上の上級生であるキースに、シロエは幾度となく挑みかかっていった。キースは特別だった。キースにとってもシロエは特別だった。
 いつの間にか、お互いに惹かれるようになっていたのだと思う。
 しかしシロエはそんな自分の心の機微に気付くことはなく、キースへの自分の感情は、マザー・イライザ、システムへの反抗心への裏返しだと捉えていた。キースを挑発することで、マザーの愛しい申し子を貶めてやるのだと。
 逆に言えば、そうすることでしか、あの場所で自分を保っていられる方法はなかった。
 シロエはキースの秘密を暴こうとし、決定的な過ちを犯してしまった。すなわち、E-1077の最高機密へ足を踏み込んでしまった。
 フロア001──。
 マザーのデータバンクからデータを盗み出し、パスワードをハッキングして踏み込んだシークレット・ゾーン。
 シロエは見た。
 マザーの愛するキース・アニアン、機械のキースの本当の出生を。水槽にたゆたう、意思のないうつろな瞳を。知らずともよいことを知ってしまったばかりに、シロエの処分が決定された。だが、本当はその機密を暴かずとも、運命は変わることはなかったのではないか、とシロエは思っている。なぜならキースは──

(シロエ、僕はお前を失いたくない)

(キース先輩……)

 無垢なキース。可哀想なキース。御免なさい。もう助からない僕を助けるために、彼は……。

「──高密度プラズマフィールド形成。粒子加速率、順調に推移。カウントダウン、開始。エネルギー臨界まで、壱拾、九、八、七……」

 キースの表情は、悪魔めいた愉悦が浮かんでいる。

「発射──!」

 目もくらむような光。惑星一つが壊滅するほどのエネルギーだ。宇宙空間を引き裂き、膨大なエネルギーがナスカに向かって直進する。エンデュミオン艦内も激しく振動する。
 ドアに取りすがり、シロエは涙を流す。

(やめて……キース、お願いだ、やめてくれ……!!)

 シロエの身体を包むサイオンが一層強くなる。合金の扉がひしゃげ、吹き飛んだ。シロエはゆらりと扉の外に足を踏み出し……何処へ行かなければいけないのかは分かっていた……そう、メギドへ。キースはきっとそこに居る。

(……何か来ます!)
 マツカの思念に、キースの目が大きく見開かれる。
「前方より、高エネルギー反応高速接近中! ……宇宙空間に、高エネルギーを纏った者が!」

(──聞け、テラを故郷とする、全ての命よ……)

 ソルジャー・ブルーが艦隊の攻撃をかいくぐり、旗艦エンデュミオンへと接近する。思念波での語り掛けには、無視するようキースの指示が飛んだ。ミュウは殲滅すべき化け物である。

「来たか……!」

 キースの表情は、歓喜に満ちているようでもある。
「タイプブルー、メギド内に侵入しました!」
「……狙いは、メギドの制御室だ。スタージョン中尉、君に此処を任す。エンデュミオンの指揮を執れ」
「! 少佐は……」
 驚くセルジュに対し、キースは傲慢な笑みで答える。伝説の獲物が飛び込んできたのだ。出迎えて仕留めてやるのが、狩るものの狩られるものに対する礼儀である、と。
 それまで黙っていたマツカが、不意に身体を強張らせる。タイプブルー……そしてもう一つの高エネルギー反応。艦内を、やはりメギドへ向かって移動している。危険だ。キースをメギドへ行かせてはならない。
「少佐! 行ってはダメです!」


 よろめきながら、シロエは廊下を進んでいく。
 シロエは忘れていたが、こんな風景は前にもあったような気がする。萎える足を奮い立たせ、シロエは壁伝いに奥を目指していく。
 期せずして、同じようにメギドに侵入したブルーがそうしているように。
 ブルーの存在はシロエも感じ取っていて、なんだか可笑しいような気がしてしまう。優しいブルーはきっと、ジョミーの静止を振り切るようにしてやってきたに違いない。
 シロエは、忘れてしまったあの物語のことを思い出している。

 ピーターパン。どうか、私を信じていて下さい──

 メギド機関室。

「やはりお前か。……ソルジャー・ブルー!」
 威力の高い小型の拳銃を向け、国家騎士団上級少佐、キース・アニアンが佇んでいる
「ここまで生身でやってくるとは、流石化け物だ。だが無駄だったな、メギドはもう……止められない」
 躊躇なく発砲する。何発かの弾丸を身体に受け、ブルーが後退する。シールドを展開し、持ちこたえてはいるが、キースは情け容赦もなく発砲を続ける。弾丸が切れると、歩みながら弾装を充填する。
 メギドの射撃カウントダウンが開始される──

「少佐! ここは危険です──!」

 マツカがキースを後ろから羽交い絞めにし、強制テレポートする。
 間一髪──


「……シロエ、君か……」

 よろめき現れたシロエに、満身創痍のブルーが微笑みかける。メギドのカウントダウンは、ゆっくりと、時を止めたように遠くなった。
「ブルー。御免なさい……僕は……ジョミーにも謝らなくては……」
 生ある限りあなたと共にある、忠誠を誓ったのに。いいのだよ、とブルーが微笑む。シロエの頬を透明な涙が伝い落ちる。
「シロエ、君に記憶を返そう」
 差し伸べたブルーの手に、シロエの手のひらが重ねられる。
 忘れずには生きていられなかった記憶。見捨てられた子供のシロエが体験した、辛い過去。それは全て、キース・アニアンに繋がっている。

「ブルー。キース先輩をどうか憎まないで。先輩は僕を庇ってそして死んだ」

 僕なんかのために。馬鹿な僕のために、無駄にその命を散らした。そうしなくても良かったのに。自分には使命があると言った。それならば、使命を優先すればよかったのに。シロエを愛しているとも言った。幼い恋だったけれど──二人とも、本当に真剣だったのだ。

「キースは優しい人なんだ。優しすぎて自分が傷つく。馬鹿な僕が掘った落とし穴に嵌りこんで……キズだらけになりながら、最後は僕のせいで死んじゃった」

 一人目のキースは、シロエを庇い、マザーの意思に逆らって殺された。ペセトラ宙域での追撃戦──瓦礫に変えられた、二機の練習艇。逃亡する二機は、宙域を巡回中だった軍の機体により撃墜されたのだ。キースは最後までシロエを庇った……


(撃つのです、キース)

(僕は撃たない……!)

(撃ちなさい、キース・アニアン……!)

(僕は拒絶する……)


 マザーの命令を。拒否したのは、おそらく最初で最後だった。キースの強い意志がシロエを生かし、そしてキース自身を死に至らしめた。
 おそらく、今のキースは二人目だ。けれど一人目の心優しいキースの記憶をも、半ば持ち合わせている。シロエは信じたい。


「……ではシロエ、君はもう生きていけるね」
「ブルー? 何を……」
 悪戯っぽいブルーの微笑み。
「預かっていたものは返した。僕はもう歳だけど、君はまだ若い。生きなさい、シロエ──勇敢な君には、そうする価値がある。いや……僕が、そうして欲しい」
 ジョミーも大丈夫。彼には僕がついていく。
 ブルーの白い優しい手がシロエの頬を撫でた。溢れるシロエの透明な涙を拭い取り、そして──。

「エネルギー区画で爆発発生! メギド照射率10%で……システムダウン。メギド本体の爆発拡大中」
 このままでは、このエンデュミオンも危険である、と、パスカルの報告を受け、セルジュは計算を巡らせる。キースに預かった指揮権。セルジュは最善の選択を選び取る必要がある。冷静で冷徹な、それこそが、キースが自分に求めている選択である、と。
「……離脱する……!」


 ワープアウトしたキースはがくりと膝をつく。同じようにテレポートしてきたシロエの姿に、身構えようとする。
 シロエの、涙に濡れたその頬を見、キースはわずかに目を細めた。
「……キース先輩。僕は全部思い出しましたよ」
「私は全てを思い出してはいない」
 でしょうね、と涙の跡を擦りながらシロエは言った。
「葬り損ねたのか、私は──」
「誰をですか。ブルーを? 僕のことを? あの惑星全部? それとも、自分自身を?」
 キースの表情が、途方にくれた子供のように変わるのを、シロエは泣き出したいような気持ちで見詰めた。
 ブルーの最後の力で、メギドの出力が大幅にダウンし、ナスカを最悪の一撃から救ったことは分かっていた。それから、ジョミーがナスカのミュウたちを最後まで説得し、可能な限り船に乗せ、シャングリラをワープ発進させたことも。
 犠牲はあまりにも大きかった。それをしたのはキースだ。そしてミュウのシロエが、キースとこんな風に語らうことも、大きな裏切りだ。それでも、僕は……。

「御免なさい。キース先輩。僕は僕の我侭で、かつてあなたを傷つけた──」

「ミュウ殲滅に、失敗したのか、私は……」

 呆然とつぶやくキースに、こみ上げる思いのまま、シロエは触れた。触れた肌から流れ込む思いに、キースは怯えた顔をし、一歩後ずさった。
「シロエ」

(シロエ、僕はお前を失いたくない)

 キースの目が大きく見開かれる──



「エンデュミオンは、ドッキング解除後、ただちに現宙域を離脱する!」

 オペレータールームのドアが開き、現れたキースの姿に、室内から驚きの声が上がる。少佐は戻らないものと……半ば思い込まれていたのだ。当然、セルジュの声は感嘆に満ちたものとなる。
「少佐! よくご無事で!」
 貸そうとする手には要らないと手を振り、キースは次の命令を下そうと、舌で唇を湿す──しかし、下そうとしていた命令が頭から抜け落ちていることに気付いたのだった。








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すこぶる微妙ですがいちおうこれでend。出来悪いですが・・必死で書きました。このあと生存シロエが騎士団入りするのですが、一応幸せ方向がいいなー・・
せっかくのパラレルなのに、青爺ぼんさせてしまってほんとごめん。マツカもごめん。上手くかけなすぎました。
とりあえずナニがすごいって、一晩で1万5千字書いた私のパッションがすごかったんだw


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