メンバーズエリートの特権に、その充実した福利厚生を挙げるものも多い。
シロエとキースが休暇を取って、逗留することとなった温泉宿の貴賓室も、人類統合軍に千人しか選ばれないメンバーズエリートの、それもVIPクラスと呼ばれる人物にふさわしいものだった。
こうして二人で休暇を過ごすことは初めてだった。キースとシロエに気の利いた旅行の予定など立てられるわけがないから、こうしたプランはもちろん有能な、キースの部下たちの手によるものなのだが、シロエは有難く、彼らの気持ちを受け取っておくことにした。
VIPの立場にあるにもかかわらず、基本的に謹厳実直を絵に描いたようなキースは、スイートルームの華美さにやや鼻白んで無口になってはいたが、恋人と水いらずで過ごせる休日が嬉しくないわけがない。
広すぎる室内を、はしゃぐシロエがひとしきり覗いて回るのを面映そうに眺めているうち、シロエと視線が合って、照れたように目を逸らした。
縁側には美しい日本庭園が臨める絶好のロケーション。源泉から湧き出す、掛け流しの湯に耳を傾けつつ、のんびりとロッキングチェアに掛けていると、時間を忘れることができる。
キースは宿にやってきてまず、携帯電話を取り上げられてしまった。
シロエはキースの携帯の電源を切りながら、今回は特別な休暇なのだから、と微笑んだ。
ほうっておけば、いくら休暇中だといって部下たちがシャットアウトしていてくれても、キースのもとに掛かってくる電話にいとまはない。それでは、せっかくやってきた意味がない。
抗議の言葉を人差し指で封じられて、キースは黙る。不器用なのと、多忙にまかせて、日ごろ優しい言葉のひとつも掛けてやることの出来ない自分をふがいなくも感じる。
けれども、「そんなところが好きなんです」などと言われてしまえば、さすがのキースも陥落するほかはない。
「先輩」
目を上げると、バスローブ姿のシロエが杯を手に微笑んでいる。
先に湯を使って、湯上りの上気した肌が艶かしい。思わず喉が上下してしまったのを、シロエに気取られてはいないかと心配する。
「お酌しますよ。僕もご相伴に」
「未成年は駄目だ」
けち、と言いながらシロエはテーブルの上に杯を置き、キースの膝の上に這い上がってくる。
「こら。シロエ」
向かい合わせに抱き合う形になって、シロエは笑う。シロエの素足からサンダルが脱げ落ちそうになる。キースはそれへ手を伸ばし、脱がせてそっと縁に並べて置くと、シロエの生白いか細い腿を抱えあげた。そしてシロエが下着をつけていないことに気付く。
湯上がりのシロエの肌は熱く、その熱がキースにも伝染る。
キースにとって、十代半ばの少年のシロエの姿はあまりに子供子供して見える。だから、シロエに対してキースはいつも、慎重すぎるほど慎重にふるまう。
「キース」
バスローブがはだけて、胸元が覗いた。唇を重ねながら、手を差し入れて指先で触れると、シロエの口から甘い声が漏れる。
「ん……っ、キース……」
自分から誘ってくるくせに、すぐに余裕を失って乱れはじめる。バスローブを肩からすべり下ろし、いい匂いのする首筋に顔を埋めて、指で苛めるように胸への刺激を強くすると、首を振って悶えた。
「せん……ぱい。だめ……」
だめだといいながらしがみついてくるシロエの腕を引き剥がし、キースは今度は、抱えあげた膝裏に口付ける。支えた腰が震えて、シロエの余裕のなさをあきらかにする。
「駄目か?」
「うっ……うん」
キースは名残惜しそうにシロエの腿から唇を離し、解放されたシロエは赤い顔で、幾分恨めしそうにキースを見上げた。
「下ろすぞ、シロエ」
「……はい」
抱えあげた脚を下ろし、シロエの身体をくるりと反転させると、後ろから抱きしめるように膝の上に座らせる。はだけたローブを元通りに戻してしまうと、首だけ曲げて後ろに向けているシロエと目が合った。
「不満か?」
いいえ、と首を振る。
「時間はたっぷりあるし」
「そうだな。がっつく必要もない。そんな歳でもない」
シロエはするりとキースの腕の中から抜け出し、声をあげて笑った。ころころと、鈴を転がすような声音が耳に心地よく、目を閉じたキースも笑った。
「……あらためて。お酌します」
夕食も贅をこらしたもので、舌の肥えたシロエを満足させるに足りたようだ。
浴衣姿のシロエがキースの前に立ち、自ら帯をほどく。
「……シロエ?」
怪訝そうに見上げるキースを見下ろしながら、シロエは衣服をすべて脱ぎ落としてしまうと、正座をしてにやりと笑った。
悪い予感がして、キースがやや身構えていると。
「先輩、わかめ酒ってご存知ですか」
……!!!
固まるキースを尻目に、シロエは優雅な手つきで杯を取り上げると、自らの股間の三角地帯へ液体を注ぐ。甘やかな水音、嫌でも視線がそちらへ向かってしまう。
キースから見るといじらしいほど薄い、華奢でなめらかな下腹、どきりとするほど白い脚。太ももの付け根。可愛らしい、何度も愛したシロエのセックスは今は萎えている。艶やかな漆黒の、うっすらと生えた恥毛も、キースの欲望をこのうえもなくそそるものだった。
「ふふ、冷たい」
喉を鳴らしてシロエが笑う。器用に、注いだ液体をこぼさぬよう膝を進める。悪戯っぽく瞳が瞬き、キースが一番好きな角度で、誘うような上目遣いをしてくる。キースはどうにか表情を崩さずは保ったものの、心の中では完敗であった。
いや、本当はとっくにキースの身も心もシロエのもの、負けは此方であると認めてはいるのだが。
いい眺めだった。薄桃色に染まったシロエの肌。キースはシロエの全身を、賞味するようにまじまじと眺めた。透明な液体を溜めた場所でゆらゆら揺れるシロエの恥毛は、わかめ酒というには淡すぎる。
「さあ」
促されてキースはシロエに近づくと身をかがめ、口をつけた。純度の高い酒精の匂いが鼻腔をつく。ずいぶんと甘いのは、器のせいもあるに違いない。
わざと音を立てて、キースは酒をすすった。シロエがまた声を立てて笑った。まだ未反応のペニスを口に含んで転がすように擽ると、キースの髪に手を差し入れてくる。喉を焼くアルコールと、愛しいシロエ。口内ですぐにシロエのものは反応を返してきた。
「あぁ……、キース……」
逃げかかる腰を押さえ、刺激を送り続けると頭の上でシロエが熱い息を吐き出す。
わずかにこぼれた酒がシロエの中心を伝い、割れ目を伝って奥へ流れていった。感覚が分かるのか、シロエは軽く息を詰める。
舌の動きはとめないまま、液体の流れにそって指を滑らせる。シロエはわずかに腰をあげ、脚を開いてキースの動作を助ける。最奥にたどり着いた指先で固く閉ざした場所を解しにかかる。 液体の助けを借りて、ゆっくりと押し揉むように指先を挿し入れると、頭上でシロエの甘い声が漏れた。
*
「──満足して貰えました?」
横たわったキースを、大きく背をしならせ、覗き込むようにしてシロエが言う。
「ああ。とても。そういうお前はどうなんだ」
「僕? 僕は満足していますよ、いつも」
ごろんと寝そべって、今度はキースに頭をもたせかける。目を閉じると、長い睫毛が濃く影を落とした。
縁側から覗く月。時間はゆっくりと流れていく。
いつまでもこうしていたいものだと思いながら、愛しい恋人の頭を抱えよせ、キースも目を閉じた。