ピアノについて
ピアノ本体について
☆ピアノの歴史
ピアノは、1709年頃に、イタリア人のチェンバロ製作家、バルトロメオ・クリストフォリ(1655-1731)が創りました。

当時、貴族たちは、自分のために楽器を作らせることが多く、フィレンツェのメディチ家の王子もその一人でした。
彼はメディチ家に仕えていたクリストフォリに、チェンバロの改良を依頼しました。
その頃、鍵盤楽器はチェンバロが主流でしたが、音が強弱に乏しいのが難点だったのです。

クリストフォリはそれを改良し、「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ(ピアノもフォルテも出せるチェンバロ)」を創りだしました。この名前が短縮されて、「ピアノ」と呼ばれるようになりました。

その後ピアノの開発は、ドイツ人のオルガン製作家、ゴットフリート・ジルバーマン(1683-1753)に受け継がれ、発展していきました。
ちなみに、J.S.バッハが当時ジルバーマン製のピアノを弾いたことがあると推測されています。ただ当時のピアノはあまり出来が良くなく、お気に召さなかったようで、彼はピアノのための作品は残していません。鍵盤曲は全て、チェンバロとオルガンの曲です。

18世紀後半には、ドイツのヨハン・アンドレアス・シュタイン(1728-92)が、ジルバーマンのメカニズムに改良を加え、ドイツ式(ウィーン式)アクションを完成させました。シュタインのピアノは、連打が可能なエスケープメント機構を備えていて、軽快なタッチと音が特徴でした。モーツァルトは21歳の時にこのピアノに出会って感動し、以後これを愛用し、ピアノ曲をたくさん書きました。ちなみに、このピアノの鍵盤は浅く、現在の半分くらいの軽さで弾けたようです。音域は5オクターブで、61鍵でした。

同じ頃、イギリスではヨハネス・ツンペがクラヴィコードにハンマーアクション(イギリス式アクション)を付けたスクエアピアノを開発しました。1768年に、J.S.バッハの息子であるJ.C.バッハが、このピアノで公開演奏しました。ピアノがソロで公開演奏されるのは、これが初めてだったそうです。

1780年頃、ジョン・ブロードウッドが、ツンペが開発したイギリス式アクションを改良し、弦の弾力を増し、フレームも強化しました。抵抗感のあるタッチと、力強い音が特徴です。このブロードウッド製のピアノは、晩年のベートーヴェンが愛用していました。

18世紀の終わりごろまで、ピアノは、一台一台手作りで、音域は5オクターブが標準でした。
しかし19世紀からは、ピアノは工業生産されるようになり、音域も段々広くなっていきます。
1789年のフランス革命以降、それまで貴族のものだったピアノ音楽が一般大衆化します。18世紀末には、多くの人を収容できるホールができ、ピアノもそれに対応できるように、大きな音量と音の伸びが必要になりました。そこで、弦はより高い張力で張られ、それを支えるフレームにも、頑丈な鉄骨が使われ始めます。そうなると、もうピアノを手作りするのは不可能になり、工業生産されるようになったのです。

19世紀には、ピアノ奏法が発達し、それに対応できるピアノが必要になりました。この頃ピアノ音楽はロマン派の時代で、素早い連打やトリルなどの装飾音、速い連続したパッセージが多用されていたのです。そこで、1821年に、フランスのピエール・エラールが、素早い連打も可能にした画期的な現代グランドアクション(ダブルエスケープメントアクション)を発明しました。

1820年以降、各国で、ピアノの製造方法が改良されたり発明されたりしました。
弦は、それまでの細い真鍮からミュージックワイヤーに代わり、音量がかなり増大しました。また、低音の音量を上げるために、太い銅の巻線を使用するようになりました。
張弦を交叉(こうさ)式にした交叉弦も考案され、コンパクトになりました。
そして、音域は、82鍵まで広がりました。

ところで、ここまでの話は、全部グランドピアノについてです。現在の家庭で一般的なのはアップライトピアノだと思いますが、これが誕生したのはこの頃、つまり19世紀初めでした。

18世紀に、ハープシーコードの弦を垂直方向に張ったクラヴィシテリウムが多く作られました。これを元に、フィラデルフィアのジョン・アイザック・ホーキンスアップライトピアノを製作し、このコンパクトなピアノは、広く普及するようになりました。1800年のことです。
また、アップライトピアノを装飾した「ジラフピアノ(キリンみたいな形のピアノ)」などの変わったピアノも誕生しました。

19世紀半ばには、ピアノのメカニズムは一応完成し、現在のものとほぼ同じになりました。ショパンやリストの時代です。
リストは過激な(?)演奏で、よくピアノを壊していたようですが、それに対抗するように、ピアノは丈夫になっていきました。
1840年に、ピアノの弦は、更に太い巻線になり、全体の張力も増大しました。そして、それを支えるフレームは鋳物(いもの)の鉄骨を組むようになりました。

これ以降、ピアノは大ホールに対応できる音量や、協奏曲などでオーケストラに負けないようにするために、改良されていきます。鍵盤は長くなり、沈みも深くなりました。弦も限界まで張力を高め、現代では20トンに及びます。第一次大戦後、音域は現在と同じ88鍵になりました。

このように長い歴史を経て、現在のピアノが完成しました。

ピアノのルーツ
ダルシマー 11世紀に中近東からヨーロッパに伝わった、ツィター族の打弦楽器。
台形の共鳴箱の上に弦を張ってあり、その弦を小さい槌(マレット)で叩いて音を出す。
クラヴィコード 14世紀に誕生し、ルネサンスの時期にポピュラーな鍵盤楽器として、上流家庭の間で普及した。
モノコードと呼ばれる楽器に鍵盤をつけたもので、鍵盤の奥に上向きにつけられた金属製(真鍮)のタンジェントという棒が弦を叩いて音を出す仕組みになっていた。音域は4〜5オクターブ。
音色は繊細で美しく、ヴィブラートも出せるが、音量が非常に小さい。
チェンバロ 1500年頃にイタリアで誕生し、ヨーロッパ各地に広まった。バロック時代に大活躍した鍵盤楽器。
鍵盤を押すと細長い棒状のジャックに取り付けられた爪(プレクトラム)が、弦をはじいて音を出す仕組みになっていた(撥弦楽器)。
国によって、ハープシコード、キールフリューゲル、クラブサン、クラヴィチェンバロなど様々な呼び方がある。
クラヴィコードより大型で豪華で音量も大きい。
ヴァージナル/スピネット チェンバロと機構が似ていて、卓上用に小型化された鍵盤楽器。
特にヴァージナルは16-17世紀のイギリスで愛用されていた。
ピアノフォルテ 1709年にクリストフォリが発明し、ジルバーマンが受け継いだ。
ハンマーで弦を打って音を出す、現在と同じ仕組み。見た目も、現在のグランドピアノと同じ。
18世紀初頭は、木製の箱に真鍮や鉄の弦をはり、鹿皮を張った木のハンマーで打弦する方式で、音域は4オクターブ〜4オクターブ半。
☆ピアノのしくみ
ピアノの鍵盤を指で押すと、その力がアクションという部分を通してハンマーに伝わり、ハンマーがを打って音が出て、その音を響板が広げます。これがピアノの音が出る仕組みです。

ちなみに、ピアノに使われている部品の数は、アクション部分に約6000個、その他の部分に約2000個です。全体で約8000個にものぼります。

鍵盤 鍵盤(キイ)が沈むと、その力がアクションを通してハンマーに伝わり、てこの原理でより強い力になって弦を打つ。
キイが沈む深さは約10mm、キイの重さは48〜58g。
アクション 指の動きをハンマーの運動に変える部分。
鍵盤の動きを五倍の力にして打弦する。例えばキイが10mm沈めば、アクションはハンマーを50mm動かす。
1鍵につき70個近くの部品でできていて、極めて精密なメカニズムで作動し、指先の運動を忠実にハンマーに伝えるようにできている。
ハンマー 弦を叩いて弦振動を起こし、音を出す。音色や音量、音のバランスの要となる部分。
芯になる木に、羊毛を圧縮したフェルトを巻きつけてある。
形状や弾力性を保つため、10トンもの力でフェルトが巻きつけられている。
美しい音色を作るために、フェルトの表面は柔らかく、内部は硬くなるように工夫されている。
ハンマーが弦と接触する時間は、中音部で千分の一秒から二秒。
ハンマーと弦の距離は、静止状態で46〜48mm。
ハンマーで打つと、一定の周波数で振動し、音を出す。音色、音量、音律など、音の質に関わる部分。
ミュージックワイヤーと呼ばれ、純度の高い炭素鋼(たんそこう)で作られている。
最低音は1音につき1本、低音部は2本、それ以外は1音につき3本の弦が張ってあり、、総計約230本になる。
1本あたり約80キロ、全体で18トンの力で張られている。
高音部は細く短く、低音部にいくに従って太く長くなる。
高音部〜中音部は裸線、低音部は銅の巻線が使われている。
響板 弦の振動は、駒(ブリッジ)を通して響板に伝わり、響板がそれを共鳴させて響かせる。スピーカーのような役目を持ち、音の決め手となる部分。
エゾマツやスプルースを年月をかけて乾燥したもので作られている。
☆ピアノの塗料
☆鍵盤の数
現在、ピアノの鍵盤の数は、88鍵が主流です。
最低音のAは27.5Hz、最高音のCが4186Hzです。
人間の可聴範囲は約20Hz 〜20000Hzと言われているので、倍音(基となる音の整数倍の振動数をもつ音。耳を澄ますとかすかに聴こえる)のことも考えれば、これ以上の鍵盤は必要無いと思われます。
しかし、88鍵に落ち着くまでには長い道のりがありました。最初のピアノは54鍵で、ピアノの進化とともに音域も広がってきたのです。「☆ピアノの歴史」でも触れましたが、ここでは作曲家と音域の関係に注目して表にしてみました。

時期 鍵盤数 同時期の主な作曲家 備考
1709年頃 54鍵 J.S.バッハ
(1685〜1750)
スカルラッティ
(1685〜1757)
ヘンデル
(1685〜1759)
*クリストフォリのピアノ。チェンバロ・クラヴィコード・スピネットも同じ音域。
ただしこの頃はまだピアノが普及していないので、ピアノではなくチェンバロやオルガン等で作曲されていたと思われる。

*J.S.バッハはピアノを気に入らなかったようだが、その息子たちは好んで使用した。
*ヘンデルはクリストフォリの工房を訪ね、ピアノに大変興味を持ったらしい。
18世紀 61鍵 ハイドン
(1732〜1809)
モーツァルト
(1756〜1791)
ベートーヴェン
(1770〜1827)初期
*ハイドンは1788年にヨハン・シャンツ製のピアノを購入。チェンバロからピアノに移行した話を、1790年に友人に宛てた手紙に書いている。

*モーツァルトは1777年にシュタイン製のピアノに出会ってからピアノを使用するようになった。シュタインのピアノは膝ペダル付き。鍵盤は浅く軽い。

*初期のベートーヴェンはワルター製のピアノを使用。
1803年頃 68鍵 ベートーヴェン
(1770〜1827)中期
エラール製のピアノ。
「ワルトシュタイン」「熱情」はこの頃の作品。
19世紀初頭 73〜78鍵 ベートーヴェン
(1770〜1827)後期
シューベルト
(1797〜1828)
メンデルスゾーン(1809〜1847)
シューマン
(1810〜1856)
ショパン
(1810〜1849)
リスト
(1811〜1886)
*後期のベートーヴェンはブロードウッド製のピアノを使用。「ハンマークラヴィーア」はこの頃の作品。このピアノは後に、孫弟子のリストが所有する。晩年はコンラート・グラーフ製を使用。耳が聞こえない彼のために特殊設計されている。

*シューベルトはピアノを所有していなかったが、グラーフ製やワルター製のものを弾いていたとされている。

1840年頃 80〜85鍵 シューマン
(1810〜1856)
ショパン
(1810〜1849)
リスト
(1811〜1886)
ブラームス
(1833-1897)
*シューマンはコンラート・グラーフ製のピアノを使用。80鍵で吊りペダルが4本ある。妻であるクララの死後、このピアノはブラームスに譲渡。

*ショパンはエラール製、ブロードウッド製、プレイエル製のピアノを所有し、晩年はプレイエルを愛用していた。

*19世紀前半のリストはエラール製のピアノを使用。
1890年頃 82〜88鍵 リスト
(1811〜1886)晩年
ブラームス
(1833-1897)
ドビュッシー
(1862〜1918)
ラヴェル
(1875〜1937)
プロコフィエフ
(1891〜1953)
*晩年のリストはベーゼンドルファー製、ベヒシュタイン製、スタインウェイ&サンズ製のピアノを使用。このうちベヒシュタイン製のピアノが88鍵だった。

*ブラームスはシュトライヒャー製のピアノを愛用。

*ラヴェルはエラール製のピアノを使用。「水の戯れ」など88鍵全てを使い切った曲を残している。
1944年 97鍵 - ヘンリー・パープが実験的に製作。ベーゼンドルファーが後を継ぎ、「インペリアル」という名で現在もコンサート用に受注生産している。低音が9鍵多いが、他の音の倍音を豊かにするためであり、実際には弾かない。
☆ペダルの機能
ペダルは、ピアノの音に強弱や余韻をつけたり、音色を変えたりするために、指で鍵盤を弾く動作と連動させながら、足で踏んで操作するものです。ピアノによって、二本だったり三本だったりしますが、グランドピアノとアップライトピアノでその役割は違っています。

グランドピアノ アップライトピアノ
ラウドペダル
(ダンパーペダル)
ラウドペダル
(ダンパーペダル)
効果:音量が大きくなり、響きが豊かになる
通常、鍵盤を押すとピアノ内部のハンマーが弦を叩いて、弦が振動して音が出るが、それをダンパーという部分が押さえて音を止めている。
しかしこのペダルを踏んでいる間は、ダンパーが全て弦から離れて戻らなくなり、弾いた後に鍵盤から指を離しても、弦の振動が長く続き、その間音が響きっぱなしの状態になる。そして他の弦にも共鳴し、音量が大きくなると同時に響きがとても豊かになるという効果がある。
真ん中 ソステヌートペダル マフラーペダル
効果:特定の音だけを響かせる 効果:音量が大幅に下がる
これを踏むと、特定の音だけにラウドペダルと同じ効果を与え、他の音は普通に弾くという事ができる。
例えばドレミと順番に弾く時に、ドの音でこれを踏むと、ドだけが響きっぱなしになり、レミは普通に音が止まる。
これを踏むと、ハンマーと弦の間にフェルトの布が下がる。踏んでいる間はハンマーがフェルト越しに弦を打つようになるので、音量が大幅に下がる。
近所に配慮しなくてはならない場合などに便利。
シフトペダル ソフトペダル
効果:音量が減り、音色が変化する 効果:音がソフトになる
これを踏むと、鍵盤とアクションが右へ少しスライドし、ハンマーが打つ弦の数が減る。
一音あたりに張られている弦の数は、最低音が1本、低音部で二本、それ以外は三本で、通常はハンマーがそれを全て叩く。
しかし、このペダルを踏むとハンマーもスライドし、最低音では普段弦を叩かない端の柔らかい部分で叩き、低音部では一本、それ以外では二本しか叩かなくなる。
そのため音量が減り、音色も微妙に変化するという効果がある。
これを踏むと、ハンマー全体が弦に近づき、打弦の距離が近くなる。
それによって、音がソフトになるという効果がある。
☆ピアノメーカー
ピアノは世界各国で生産されていて、ピアノメーカーは多数あります。ここでは、その中で代表的なメーカーについてご紹介します。
特に、スタインウェイ&サンズ・ベーゼンドルファー・ベヒシュタインは三大メーカーとして知られています。私自身が弾いたことの無いメーカーも多いため、音色については一般的な見解を載せています。
ちなみに、うちのピアノはDIAPASONですが、とても良い音色で愛用しております。
メーカー 生産拠点 歴史 特徴
スタインウェイ&サンズ アメリカ・ドイツ ヘンリー・スタインウェイ(1797〜1871)が1853年に、ニューヨーク(アメリカ)に設立。ヘンリーの死後、1880年に故郷のハンブルグに工場が設立され、両方が活動拠点になっている。
生産工程の80%以上が手作りで、生産台数は年間約4000台。
現在ではホール普及率90%以上を誇る。
また、1991年にスタインウェイの設計で安価なボストンピアノが誕生。2004年に日本での取扱いが開始された。製造は日本のカワイである。
ホールでの使用を念頭に作られている。何枚も板を張り合わせて作られたピアノケース(胴体部分)により、響板だけでなくピアノ全体を共鳴させる構造になっている。よく響くためオーケストラと共演しても消されない。
透明感のある音色で、ジャズやロックなどジャンルを問わず対応できる。
アメリカ製とドイツ製では音色が違う。ドイツ製の方が輸出に適していて、アメリカ製は基本的に北米のみの出荷らしい。
ベーゼンドルファー オーストリア イグナツ・ベーゼンドルファー(1794〜1859)が1828年に、ウィーンに設立。
超絶技巧のピアニストであるフランツ・リストの激しい演奏に耐えたことで有名になる。また「インペリアル」という97鍵のピアノを生産していることでも有名。
手作りにこだわり、生産台数は年間約400台。総生産数が少ないため、知名度の割には日本にあまり存在していない。
響板とピアノケースに同じ木を使用。カーブ部分も一枚板を内側に切り込みを入れて曲げている。響板だけでなくケースも共鳴する。
高貴な音色で、室内楽の弦楽器に合うらしい。
ベヒシュタイン ドイツ カール・ベヒシュタインが1853年に、ベルリンに設立。フランツ・リストやクロード・ドビュッシー等が絶賛した名器で、「ピアノのストラディバリウス」と言われる。 以前は、高音部が総アグラフ式(全ての弦がアグラフと呼ばれる穴の開いたピンの中に弦を通す方式)で、フレームと弦を完全に分離し、立ち上がりの早い透明感のある音色を作り出していた。しかし音量にパワーが少なく、オーケストラと共演すると高音部が消えてしまうという弱点があった。
そのため、2003年以降は、高音部のハンマーヘッドを大きくしたり、総アグラフ式から、高音部をフレームに共鳴させる「カボダストロバー」に変更したりして、音量が弱い点を改良。
音色が変わったようだが、評判は良い様子。
プレイエル フランス イグナツ・プレイエル(1757〜1831)が1807年にピアノ製作を始める。イグナツは元々作曲家で、ハイドンの弟子。当時はヨーロッパでかなり人気があったらしい。また、音楽出版社も立ち上げている。
イグナツの死後、息子のカミュが経営を受け継ぎ、1927年にサル・プレイエルホールを設立。1832年にショパンがこのホールでデビューコンサートを開く。カミュとショパンは親交が深く、ショパンはプレイエルを愛用していた。
1961年にガボー社、エラール社と合併。その後ドイツのシンメル社に買収されるが、技術者たちはフランスに工場を設立しラモーという名で製作を続ける。
サル・プレイエルも売却されたが、ユーベル・マルティニ(仏)が購入し、1998年にプレイエル社を復活させる。2006年にサル・プレイエルでのコンサートを再開。
現在フランス唯一のピアノメーカー。
演奏者が音色の変化を表現しやすい、繊細な音で軽いタッチが特徴。優雅で明るい音色。
デザインも凝っていて、細かい装飾があしらわれている。
ヤマハ 日本 山葉寅楠(1851〜1916)が、1897年に日本楽器製造株式会社を設立。1987年に、現在のヤマハ株式会社に社名を変更した。
1900年に初めて国産ピアノの製造を始めるが、部品は外国製だった。しかしその後、部品も独自に開発し、評価を高める。1990年には世界最大のピアノメーカーになり、生産台数500万台を越えた。海外からの評価も高い。
現在では、ピアノだけでなく楽器全般を製造する他、音楽教室やレコード会社等の音楽関連事業や、AV・IT事業やリビング事業、自動車部品やスポーツ用品に至るまで、手広く活動し、海外にも進出している。
また、静岡県浜松市にある本社では、来客会館でヤマハ製品の展示が見られる他、グランドピアノ工場の見学もできる。
明るくダイナミックな音色。高音の伸びがよい。ジャズピアニストにも人気らしい。
先端技術を駆使した電子ピアノやサイレントピアノ等もある。
白いグランドピアノを製作する等デザインにも力を入れている。
カワイ 日本 日本楽器製造(現・ヤマハ株式会社)に勤務していた河合小市が独立し、1927年に河合楽器研究所を設立。1951年に株式会社河合楽器製作所を設立した。ヤマハが特約店方式なのに対し、カワイは直営店方式をとっている。
音楽関係以外にも、OA機器やソフトウェア、スポーツ用品等を取扱っている。音楽ソフト「スコアメーカー」が有名。
クリスタルグランドピアノという透明なピアノを製作していて、元X-JAPANのYOSHIKIが愛用している。
静岡県磐田市にある竜洋工場では、見学も出来る。
ソフトで透明感のある音色。低音の伸びが良い。
抗菌処理鍵盤で、ピアノメーカーで初めて鍵盤に鉛を使用していない。
電子ピアノの他、消音ピアノや静音ピアノがある。
ディアパソン 日本 日本楽器製造(現・ヤマハ株式会社)に勤務していた大橋幡岩が1948年に製作。大橋は日本楽器に勤務していた頃、河合楽器製作所創業者の河合小市とともにベヒシュタイン社の技術を学んでいる。日本楽器が量産化傾向になったのを機に退社し、理想のピアノ造りに専念した。1979年には、日本のピアノを国際的な水準に高めたということで、勲六等単光旭日章を受けている。
現在は河合楽器製作所が営業権の譲渡を受け、大橋の設計と仕様を受け継いで生産している。
また、オーダーメイドのオリジナルピアノも製作している。
ベヒシュタインに似た透明感のある音色で、ヨーロッパタイプのピアノ。
高級モデルには、総一本張りの張弦方式を採用している。これは、一般のピアノの張弦がヒッチピンに掛けて二弦ずつなのに対し、全ての弦を一本ずつヒッチピンに巻き張弦する方式である。この方式によって、張弦時におきる弦のねじれと二音にまたがる張力の不均衡を完全に阻止し、濁りの無いクリアな音色を実現している。
この一本張り方式はベーゼンドルファー等のヨーロッパの名器に採用されているが、日本メーカーではここだけである。