オシロスコープ「CO-3K」

オシロスコープ｢CO-3K｣は、3iインチのブラウン管(3K-P1)を搭載し同期掃引方式のファンクションをフル装備していた。
トリオ株式会社（*後のケンウッド）が発売したオシロスコープCOシリーズのコアになるモデルで、初めはCO-75としてデビューしたが、その後アップグレードされCO-3Kとリネームされた。
1960年代前半にはプロ・アマを問わず数多く使用されベストセラーになった記憶に残るオシロスコープである。
ここで紹介しているモデルは、現存する数少ない製品のひとつ。ご覧頂けるように外観はもとより内部も発売当時の姿を忠実に留めている。
往時、キットで購入し自ら試行錯誤しながら完成させた思い出深いオシロスコープでもある。

　

　その昔、ハム(アマチュア無線)に興味を持ったラジオ少年の多くは、当時、諸外国がプロパガンダの為に行っていた海外向けの短波放送を受信する途中でアマチュア無線の存在を知ったようだ。
　札幌冬季五輪の頃からBCLブームが高まりを見せ、ワールドボーイやクーガー、プロシード、スカイセンサーなど、オールウエーブラジオが次々と発売され、短波放送に関心が集まった。覚えてる？新製品のBCLラジオに顔を近づけて「アンタ松下さん？？」とひとこと、ラジオのパーソナリティーからテレビタレントとしてデビューを果たした、愛川欣也のテレビコマァーシャルを。
　時を同じくして、深夜族と呼ばれた受験生を核とする若者リスナーの増加が、このBCLブームを更に後押ししたことも一因か？

　しかし、一般家庭にあった2バンドの五球スーパーラジオでは、NHKの国際放送(Radio Japan)や日本短波放送(NSB)はともかく、海外からのVoice of AmericaやRadio Moscow、Radio Pekingなどのハイパワーの短波放送は難なく受信できてもアマチュア無線のか細い電波を受信することはなかなか困難であった。
　そこで、ラジオ少年達の多くはBCL専用の短波受信機を自作しようと考え始めた。何冊ものラジオ雑誌を読み、0-V-1にしようか1-V-2しようかと思いを巡らした。やがて意気揚々と秋葉原へ出掛けて、真空管、バリコン、コイル、トランス、抵抗、コンデンサなど、ひとつひとつパーツを買い集める・・それだけでも楽しい時が過ぎた。そして、アルミシャーシーへのパーツの取り付け、半田ゴテを握りしめて松ヤニ臭さに毒されながらの試行錯誤もまた楽しかった。

　現在のようにごく短期間の養成課程からアマチュア無線技士の免許を取得して直ぐ店頭でハンディートランシーバーなどを購入すればそれで交信する体制が整う時代とは一線を画するものがある。
　自作派としては、苦労して製作したセットの状態を最高のレベルにしたいはず、それには種々の測定器がどうしても必要になる。
　テスターは誰でも買えるが、一番ほしかったオシロスコープは高価でとても素人には手が出なかった。
　ここでは、当時は高嶺の花的な存在だったこのオシロスコープを初月給で買った曰く因縁を含めその経緯を明らかにしている。
　最後に、本文中では、やっとの思いで入手したトリオのオシロスコープ｢CO-3K｣を、その製品資料と共に多数の写真で当時の姿を今に伝えた。

　オシロスコープと私の出会いは、理系の大学へ進学した今から半世紀も前、オリエンテーションが終わって間もなくの電子工学の実験教室だった。それは今とは違い真空管式で大型のものは、だいの男が二人掛かりで運ばなければならい程の代物。
　私がアマチュア無線に興味を持ち始めた頃で、真空管時代も終わりに近く東京通信工業(現ソニー)製のトランジスタが秋葉原でも買えるようになってきた。
　国鉄(現JR東日本)山手線の品川駅から秋葉原駅までの切符が十円だった時代で、確か一番安い低周波用のトランジスタ2T54が三百円だったように記憶している。
　五球スーパーラジオやステレオ電蓄が徐々にトランジスタ化し始め、“6石トランジスタ・ラジオ”などとトランジスタを“石”で表現していた。
　高周波・大電力用のトランジスタはまだまだこれからといった頃で、オシロスコープは相変わらず真空管時代が続き10Mc(いま風に言えば 10MHz)程度の帯域しかカバーできていなかった。

　アンテナからコイルの中をグルグルと流れ真空管で増幅されスピーカのコーンをドンシャリ(当時のHiFi音はこのように表現した)と振動させている電気現象は全て波だと理解しつつ、見えない波を己の頭脳の仮想空間で波形として再現していたラジオ青年。
　オシロスコープとは？、CQ ham radioやラジオ技術、無線と実験など、本屋で立ち読みしたラジオ雑誌で以前から知ってはいたが所詮は高嶺の花、電気信号がリアルタイムで波形として見られることにただただ感心しっぱなし、まさに遅蒔きながらのカルチャー・ショックだった。

　それから四年後、通信機も製造していた都内の弱電系企業に就職した。初任給は二万円足らず、同期の者たちの間では、初月給で何を買うかが話題になっていた。
　しかし、あのカルチャー・ショックにはインパクトがあり、自分は給料をもらう前からオシロスコープを買うことに決めていた。初月給でこんな代物を買うなんてお他人様が聞けば思わず絶句か？？？　だが、本人にとっては真面目な決断だった。

　当時、三インチ(75mm)ブラウン管のオシロスコープは、菊水電波(現菊水電子)のものもあったが、カタログなどで比べてみて、アマチュア無線で前々から知っていたトリオの方がブランド・イメージが高く、しかも機能的に優れているように思えた。

　意を決し、大枚叩いて買ったトリオのオシロスコープ｢CO-3K｣。だが、その価格は月給額を超え、今ならノートパソコンを買う以上の経済的な負担だったが、買い物は自己満足度を満たすわけで正に至福の時だった。
　しかし、それはハッピーエンドで終わらない。この｢CO-3K｣は完成品もあるが、市販されている多くは「キット」、要するに自分で作る半完成品だった。
　ケース、シャーシー、パネル、その他の細かなパーツ類も全てキットに含まれるが、キー・パーツであるブラウン管と全ての真空管は別に購入しなければならなかった。

　真空管は五球スーパーラジオや白黒テレビジョンに使われているMT管とほぼ同じ品番(6AQ8 x 2, 12AU7 x 2, 6BE6, 6CA4, 1X2B)で、入手も簡単で安価であるが、ブラウン管は目の飛び出るほど高価だった。
　当時の三インチ・ブラウン管は、｢3K-P1｣が主流で蛍光面がやや丸みを帯びていたが、この頃から蛍光面が真っ平らな｢3K-P1F｣が登場し人気があった。確か、品番の最後の文字 F はFlatの意味だったように記憶している。
　今にして思えば、テレビジョンのブラウン管が曲面から平面に移行している現在、この点では産業用ブラウン管が一歩先を行っていたのは事実だ。
　結局、これらを買うのに別にもう一台購入するほどの金が必要であったが、前々から承知のことでビックリはしなかったが大変な散財だった。

　全てが揃えば後はアマチュア無線家(ラジオ青年？)の本領を発揮するところ。組立説明書と実体配線図に従いコンデンサや抵抗の取り付けあるいは五色のカラーリード線による配線作業、そして松ヤニ臭さに耐えながらの半田ゴテによる仕上げの作業が毎夜一週間ほど続いた。
　多数のパーツの間を沢山のリード線が交差する様は、難しい作業を更に煩雑にしていて、一発で動作すれば正に神ワザか？と我ながら思った。
　近頃の電子機器はPCBの集積回路やフラットケーブルとコネクタなど出来る限り製造現場での作業が簡素化され、中を覗き込んでもガラガラ状態・・“凄い”と言葉が出るほどの職人ワザは見られない。

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　回路図と実際の配線とを何度も見比べてから、息を凝らしてスイッチ・オン・・抵抗類が発熱しその表皮を焦がすあの独特の臭い、続いて変圧器のコイル間に巻き込んである絶縁紙が暖められて臭い出し混沌とした時が過ぎる。
　どの真空管もヒータが点灯し指の先で軽く触れるとガラスチューブが熱い、この間もどこかがショートして煙が出はしないかと緊張が続く。
　輝度ツマミを右に回しながら見つめるブラウン管に緑色の波形がチラチラと見え始め一瞬気が緩んだ、ずいぶん長い時間が経過したように思ったが、一分も経っていないだろう。正弦波のような波形だがギザギザしていて品の悪い形・・フォーカスを合わせながら手早く減衰器と掃引時間を調節してみる。

　手を入力端子に近づけるとブラウン管の波形は振幅が大きくなったり小さくなったりした。何もまだ信号を入れていないのに・・と思ったが、働いていることは取りあえず確認できた。
　後で解った事だが当時のオシロスコープは入力回路の遮蔽が充分ではなく手を近づけると電源回路からの誘導で50サイクルの正弦波を取り込んでいたらしい。
　オシロスコープ以外にこれといった測定器を持っていなかったので校正は出来なかったが、全てのツマミを回して、それぞれの機能が有効に働いている事だけは確認できた。

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　この｢CO-3K｣は周波数特性の上限周波数が1200kc程度でラジオの中間周波数である455kcの調整には十分だったが、中波帯の上限1600kc付近ではかなり減衰してしまう。
　しかし、ダイナミックレンジの意味など全然知らなかった頃で、1600kc付近では恐らくレベルが6dB位減衰していたのでは？と思われるが、アマチュア的には充分実用になるスペックでだった。
　更にアマチュア無線家に喜ばれたのが、ブラウン管の偏向板に直接信号を入力出来ることだった。
　直接入力で実用レベルの波形振幅を得るには高電圧を必要とするが、反面、観測する信号が内部の増幅器を経由しないため、送信機が5Wか10Wの出力さえあれば短波帯は勿論50Mcの電波でも楽々とブラウン管にその波形が表示できた。
　この直接偏向端子に繋いだビニール線を送信機からアンテナは行く同軸ケーブルに沿わせるように伸ばしその長さや間隔を加減することで入力レベルをコントロールし、オシロスコープをオンエアーモニタに変身させた。
　七Mcの電波を出しながら、マイクに向かって「ホ・ン・ジ・ツ・ハ・セ・イ・テ・ン・ナ・リ」と叫べば、それなりに振幅変調の波形がブラウン管の中で踊り、電鍵を叩けば四角な波形がモールスコードのように切れ切れに流れて行った。まさに電波は波であることを我が手中で実証した感激の時だった。

　それから数十年、アマチュア無線でも、1200メガヘルツや2400メガヘルツもごく普通のバンドになり、5.6ギガヘルツや10.1ギガヘルツあたりで意欲的に実験を試みる諸先輩のたゆまぬ努力がある昨今、波を波として見るツールがアマチュア的には無くなり、また実体としても光に近い領域へ踏み込んでしまっている。
　アナログ測定器の代表格だったオシロスコープも近年デジタル化が急速に進みVHFからUHFの領域までも測定できるように聞いている。
　しかし、測定の自動化が進んだとはいえフロントパネルの操作などマン・マシン・インターフェイスはあまり変わっていない。技術が進歩しても人間との接点になるインターフェイスはアナログ時代の良いところがまだ残っているようだ。

　現世はどちらを向いてもデジタル、デジタル、デジタルの言葉が氾濫し、アナログは過去の遺産として隅に追いやられている。しかし、CDを例にとればSACDのようにデジタルを超えてアナログへ回帰してくる現象も見られ技術の極まる所はアナログとの見方もある。
　これに倣いオシロスコープもアナログの良いところを継承しつつデジタルへ変身し、次世代のエンジニアの熱い期待に応えられるツールになることを願ってやまない。

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電気に弱い人にもわかる2現象オシロの簡単操作ブック「オシロスコープ入門
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