神の目からもれる人はいない

 ボアズが農夫を監督している召し使いの一人に、そこの若い女は誰かと聞いた。

旧約聖書 『ルツ記』2章5節

 ボアズを見るルツ

 朝からずっと立ち通しで働きだったルツは、農夫たちの小屋で一休みをしていました。落ち穂拾いに過ぎないルツが、小屋で休むことができたのは、きっと農夫たちの親切によるものだったのでしょう。

 外国人であるルツはただでさえ肩身の狭い思いをしていたと思うのですが、ここではまったくそういう感じがしませんでした。「この農園の人たちはみんないい人たちだなあ。親切だし、生き生きと働いているし、きっとオーナーがいい人なのだろうなぁ」と、ルツは感心していたに違いありません。

 そこに農園の主人であるボアズがやってきました。ルツは多少緊張したかもしれません。ボアズは農夫たちに優しく声をかけ、様子をうかがいつつ神の恵みを祈ります。そして、農夫たちも口々にボアズを祝福するのを見て、「ああ、この農園にはなんて幸いな交わりがあるのだろう」と緊張をゆるめたのではないでしょうか。

 別世界の話?

 しかし、自分はあくまでもこの農園にとってよそ者です。どんなに素晴らしい幸せがそこにあっても、自分には関係のない別世界のことだと思うと、ルツは我が身の立場を呪わしく思うようなこともあったかもしれません。

 みなさんも、聖書や教会の中に、神との交わりに生きる人々の喜びや幸せを発見する一方、それは自分には決して手の届かないところにある別世界の話だと感じたことはないでしょうか。

 私にも届く神さまの愛

 ところがボアズの方は、農夫とは言えず、貧しき落ち穂拾いに過ぎない女、しかも外国人であるルツに、優しく目を留めてくれたのでした。この時、神様を讃える母マリアにも似た喜びが、ルツの心に満ちたでありましょう。

 「私の霊は救い主である神を喜び讃えます。身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです」(ルカ1:47-48)

 神様は、数に入れられないような最も資格のない者にも、目を留めてくださる優しいお方です。ボアズの優しさを通して、ルツはそのような神の愛を知るのです。

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