ネクスト・ステージ

  「種を蒔くために耕す者は一日中耕すだけだろうか。」

旧約聖書『イザヤ書』28章24節

レンゲ畑の思い出

 子どもの頃、よくレンゲ畑で遊びました。都会での暮らしが長くなり、もう随分長いこと見ていませんが、春、休耕地の田圃を一面ピンク色に染め抜いたレンゲ草のお花畑は、それは見事なもので、その中で寝そべったり、花を摘んでしゃぶったり(ほんのりと甘い味)、花と花の間を忙しく飛び回る蜜蜂や、ひらひらと優雅に舞う紋白蝶や、草の陰に隠れ住む天道虫などをじっと観察したり、飛び跳ねるバッタを追いかけたり、楽しい思い出がたくさん甦ってきます。

 ところが五月になると、このパラダイスのようなお花畑は、突然刈り取られてしまい、耕され、水が引かれ、すっかり泥んこの田圃に様変わりしてしまうのでした。子ども頃、私にはそれが残念でなりませんでした。

 農夫の知恵

 実は、その時と同じような気持ちを、私は人生の中で、今も度々経験させられるのです。パラダイスとまでは言わなくても、平和で、穏やかで、順調だった私の生活が、突然、何かによって混ぜっ返され、ひっくり返され、喜びや楽しみのすべてが刈り取られてしまうという事があります。しかし、私は御言葉によって、それは決して人生の破滅ではなく、天の農夫である神様の驚くべき計らいであるということを教えられるのです。

「耕す者は一日中耕すだけだろうか。」

 耕す者は、耕すだけではありません。休耕地の田圃に咲き誇るレンゲ草は、実はお百姓さんが種を蒔いて育てたものです。それを耕し、土の中によくすき込んで、田圃の肥料とするのです。五月下旬、こうして耕されたところに、田植えが始まります。耕すことは終わりではなく、新しい収穫(ネクスト・ステージ)に向けての始まりなのです。

 ネクスト・ステージ

 私たちの人生は神様の畑のようなものです。今ある喜びや幸せが、突然、神様によって刈り取られ、耕されてしまい、いったいどうしてなのかと驚き怪しむ時がありましょう。そんな時、レンゲ畑を失ったような大きな喪失感を、あなたも味わうかも知れません。しかし、絶望することはありません。それはあなたの人生の破滅ではなく、始まりなのです。そこから、あなたの更なる喜びに向う新しい人生(ネクスト・ステージ)が始まるのです。

 「これもまた万軍の主から出たことである。主の計らいは驚くべきもので、大いなることを成し遂げられる。」(イザヤ28章29節)

目次
聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

お問い合せはどうぞお気軽に
日本キリスト教団 荒川教会 牧師 国府田祐人 電話/FAX 03-3892-9401  Email:yuto@indigo.plala.or.jp