■ ふたりの友情
ダビデとヨナタンは、たいへん難しい状況にありながらも、お互いに助け合い、慰め合い、友情を深めてきました。それができたのは、一つには、二人の友情が気分に左右されるようなものではなく、もっと深い魂の次元で愛するものだったからです。二つ目には、ヨナタンが父サウルと親友ダビデの間に立つ者となり、捨て身になって平和を実現しようとしたからでした。
■ ふたりの信仰
実はもう一つ大切なことがあります。それは、二人には一緒に大切にしている素晴らしい宝物があったということです。それが「神様への信仰」でありました。
二人は神様について語りに合うことによって、喜びを共有したでありましょう。共に心を合わせて祈ることによって、慰めを共有したでありましょう。「神様への信仰」を共有する二人は、喜びも慰めも共有することができたのです。それは本当に素晴らしい二人の宝物でした。
■ 愛と信仰で結ばれる友
私たちも、一緒に主を見上げて賛美したり、祈ったり、一緒に主のために働くことができるような友人を持ちたいものです。パウロもこのような友人を「信仰の友人」と言って、特別に大切にしました(テトス3:15)。信仰の友人とは、愛だけではなく信仰によって、信仰だけではなく愛によって結ばれる友人であります。愛によって苦労し、信仰によって喜ぶことができるような人間関係であります(Tテサロニケ1:3)。
このように愛と信仰が一緒に働くときに、友人関係はもちろん、夫婦であれ、親子であれ、すべての人間関係は祝福されるのです。
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